case1. 許されたい女(4)

「この話って、よく考えてみたら、はじめに私が彼女を誘ったことから始まってるじゃないですか。もちろん、巡り巡ってこんなことになるなんて、少しも想像してませんでしたけど」


 冴子さんは、そこに罪悪感を抱いているのだろうか。だけど、断じて彼女のせいでないことは確かだ。

「実は私って、意識せずにひと様の人間関係を壊してしまう、トラブルメーカー? んー、それとはちょっとニュアンスは違うかもしれないですけど、なんて言うか、知らないうちに無意識にコトを起こしてしまうというか」

「冴子さん自身は、それを悩んでいると?」

「一、二年前にも、当時の同僚の男性の浮気現場を見てしまって、ちょっと仲のいい男性だったので、年賀状に軽い気持ちで書いちゃったんです。『○○が好きだったんだね?』って一言だけ。○○ってのは、あのお笑い芸人の○○です。浮気相手の名字が同じだったんで、冗談半分で」

「それで、彼が怒った、と?」

「いえ、彼の奥さんが。年賀状って、旦那さんの分も奥さんが管理したりするうちもありますよね。ずいぶんあとになって、私の書いたその一言がなぜか気になっていた奥さんが、会社の名簿を見て、同姓の女子社員を見つけて、ピンと来ちゃったらしいんです。そして、出張だってウソついて彼女とお泊まりしてたこととかもバレて。しまいには奥さんが会社に電話してその子を呼び出したりして、大変だったとかで。結局、離婚しちゃったんです」

「あらまぁ、それは……」

 話の展開が予想外の方向に向かい、とっさに言葉が出なかった。


「その彼、最後は、奥さんにグーで殴られたって言ってました」

 冴子さんはコーヒーを飲もうとしたが、カップはからだった。


 年賀状はハガキなので、確かにあまりデリケートな内容は書かない方が無難だろう。だが、芸能人にかこつけてるのを見破った奥さんも恐るべしだ。おそらく、ふだんから浮気を疑わせるようなあやしいところが、その男性社員にあったのだろう。


「どう思います? 私って、その……トラブルメーカー? みたいなものでしょうか」

 私は心の中で「それを言うなら、疫病神??」と言い直してみたが、それもあまりピンと来ない。


 確かに、自分の行動をきっかけに誰かが痛い目を見るということが二回もあると、「私のせい?」という罪の意識が芽生える気持ちはわからなくはない。だが、すべて、そもそもの下敷きを作っているのは、誠二さんであり、その男性社員だ。冴子さんは、彼らがツケを払うきっかけをたまたま作って(しまって)いるだけだ。ただし、やはり年賀状にあまり不用意なことは書かない方がいいとは思うが。


 ここはさらっと否定して、それで話を終わらせて何ら問題ないだろう。

 本人は気になるのだろうが、第三者から見れば、彼女が責めを負わなければならないほどのことをしたとは思えない。


 私は冴子さんに、「そんなことないんじゃないですか? さらに本を正せば、悪いのは男性たちの方ですし」と言った。

 私の言葉に、冴子さんは溜め込んでいた息を吐き出すように言った。

「本当にそう思います? あーよかったぁ。そうですよね。私、誰かにそう言ってもらいたかったんですよね。自分が悪いとは思いたくないけど、でも『ごめんなさい』って気持ちもどうしてもあって。あ、すみません、こんな勝手な動機で応募しちゃって」

「いえいえ、興味深いお話でした。こちらこそ、ありがとうございました」

「このことを、まったく誰にも話せなかったわけじゃないんですよ。でも、どっちの話も、悪いのは私じゃないよね? 違うよね? ってところまでは、何となく相手に訊けなくて。全然知らない方になら、訊けるかなと……」

 話が思わぬ方へ転がり多少面食らったが、こうして聞くことでお役に立てたなら、たとえネタとしてボツになったとしても、意味はあったということになる。

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