case1. 許されたい女(2)

「卒業して数年後だったかな、クラスの何人かが来るっていう飲み会に誘われて行ってみたら、その中に誠二がいたんだよね。

 それでね、誠二がそのあとまた飲みに行こうってメールくれて、行ってみたら、ほかに誰も来ない飲み会だったの(笑)

 まあ、その時が楽しかったんで、何度かまた二人で会って、当然のように深い仲になってね……


 ところがね、誠二は例の彼女とまだつき合っていたの。

 誠二がどういうつもりで誘ってくれて、どういうつもりで私とこういうことになったのか、さっぱりわからなくて、私がただただ混乱していたら、私にそのことを打ち明けたのは、実はもうすぐその彼女と結婚するからなんだ、って。


 結局、彼女と別れるって話じゃなくて、結婚を控えているからこれきりにしようって話だったからかなりショックだったけど、そのあと、それ以上にショックなことがあって。


 なんとね、彼女から電話が来たの。ものすごいドスがきいた声で……詳しくは書かないけど、私、女の人があんな声であんな言葉を吐けるって知らなかったよ。

 もうね、震えるくらいこわくて、本当にショックだったの。ああいう時、女の人の方がこわいって思い知った。


 で、今回、誠二の顔見たら、あの時のトラウマがよみがえっちゃったんだ。


 あれは、絵に描いたような若気の至りだったな(笑)。誠二のお遊びを真剣に受け止めちゃった私が悪かったんだよね。」


 最後には「大丈夫」と書いてあり、誘ってくれたことへのお礼の言葉もあった。

 冴子は、知らなかったとはいえ、行き先も目的も告げずに誘った結果、つらい思いをさせてしまったことを詫びた。


 思い起こせば、冴子も誠二から何度か口説かれたことがある。でも、彼女がいたうえ、学校時代から誠二がいろんな子にちょっかいを出していたことも何となくわかっていたので、二人の間では、冴子が冗談っぽく受け流して終わり、というのが常で、それは一種の戯れとして様式化していたようなものだった。


 ——あれは、自分にそこまでの魅力しかなかったってことだったの!?


 ふと、そんな思いもよぎったが、それ以上考えるほどのことでもなかった。


 その後はたまたま麻美を誘うような機会もなく、もちろん誠二のサークルの発表会に誘うこともできず、何度かご機嫌伺いのメールを出し合ったくらいでメールも途絶えていたのだった。



 麻美とのそんなやりとりのことは伏せて、冴子はその後も誠二とSNSでやり取りをしていたが、ある日、話の流れで誠二の方から麻美が入会した経緯を知らされた。


 麻美は、冴子と初めてサークルに行ったあと、サークルのホームページを覗き、掲示板に書き込みをしたのだそうだ。そして、ある男性メンバーと仲良くなり、その男性が仲間と行きつけにしている店を教えてもらって、そこへも足を運んだらしい。さらに意気投合して、その後は個人的に会うようになった。つまり、今やほとんど恋仲だと言う。それはさておいても、サークルの方で「女優」を求めていたこともあり、麻美は大歓迎で受け入れられることになったというわけだ。


 麻美が苦い思い出の相手である誠二主宰のサークルに入ったことが、冴子にはどうにも解せなかったものの、離婚して引きこもっていたところから新しい恋に踏み出したのだと考えれば、むしろよかったではないか、と思うようにした。


 一方、冴子が誠二の昔の悪事を麻美から聞いたということは誠二本人には黙っていたし、誠二からも、麻美が入ったことでサークル活動がしづらくなったというような話は聞こえてこない。

 だから、もう昔のことは暗黙のうちに水に流して、麻美も交えたサークルは、順調に活動してるのだろうと思っていた。



 ところが、である。

 さらに数カ月が経ったある日、誠二がサークルを抜けることを、冴子はSNSで知った。

 昔から好きだった趣味を、三十五も過ぎようという時に「もう一度やりたい」と思い立ち、自分でメンバーを集めて立ち上げたのに、自ら抜けるなんて。


 嫌な予感がしつつ、冴子はSNSのダイレクトメールで誠二に理由を訊いた。

 

 返事にはこうあった。


 麻美がつきあうようになったサークルメンバーと誠二が活動方針でもめた時に、そのメンバーから「昔の悪事」を責められ、『そのことでも誠二を許せない』と言われて、もういっしょに活動していける雰囲気じゃなくなった——。


 大ざっぱには、そういうことだった。麻美は、彼氏に誠二との過去を話していたのだ。


 冴子は、誠二が自分の夢だった活動から抜けなければならないこと、そうさせられた経緯を思って、麻美とその彼氏に軽い怒りを覚えた。だけど、そもそも婚約している人がいながら麻美を口説いて、結果として遊んだような形にしてしまった誠二も悪かったのだ。時効はなかったということだ。


 どっちもどっち。だけど、どこか腑に落ちない。この複雑な感情を、冴子は自分の中で処理しかねていた。

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