case1. 許されたい女(1)

 これは、私が葬るのは残念だと思った記念すべき第一号のネタだ。


 提供者は四十歳くらいの女性。タイトルで言う「女」は彼女のことだが、彼女が持って来たネタとしての話の中心は主に彼女の昔の同級生の女性だ。

 聞きながらパッと浮かんだのは別のタイトルだったのだけど、最終的にこのタイトルになった。


 時は春。「あなたのネタ、買い取ります」にアクセスしてきた彼女に詳しい話を聞くことにした私は、さっそく連絡を取った。パート仕事が終わるのが十六時だから、十分後に近くのファミレスに来てほしいと言われた。


***


 今回の提供者を、仮に冴子とする。文中はすべて仮名である。


 5年ほど前、冴子はSNSを通じて偶然、昔の同級生の誠二を見つけ、彼が演劇サークルを作ったことを知った。

 懐かしさから思わずコメントを書き込み、彼をフォローすると、すぐに返信があり、サークルの練習場所に顔を出してみないかと誘われたことから話は始まる。


 学校時代の誠二と冴子はなぜかとても気が合い、仲は良かったのだが、誠二に彼女がいたこともあって、冴子の方から恋愛感情を抱くことはなかった。

 一方、誠二は気が多い男で、ふだんのふるまいを知らない人が見たら、彼女がいる男とは思わなかっただろう。


 卒業後も、二人はプチ同窓会のような集まりで何度か会う機会があり、会えば以前のように気安く打ち解け、軽口を叩き合い、楽しい時間を過ごすことができた。が、誠二はわりと若いうちに結婚していたので、この時も恋愛感情は起こりようもなかった。

 そして、気づけば二人がもう何年も会ってなかったという状況を経て、今回のSNS上の再会があったというわけだ。


 もう一人の主要人物、同級生の麻美は、誠二ともども冴子と同じクラスだった時期があった。冴子と麻美は別の仲良しグループに属していたが、冴子が仲の良かった女子の一人が卒業後にたまたま麻美と同じ職場に勤めていたことがあり、その女子を通して、麻美が結婚し、一児をもうけた末に離婚したという話は聞かされていた。

 そのころの冴子はまだ三十代になったばかり、取り立てて何があるというわけでもない独身生活を送っている自分と麻美の境遇がひどくかけ離れていると感じたのを覚えている。


 「運命のいたずら」などと言うと陳腐に聞こえるが、冴子にはそれ以外の表現が見つからない。誠二からサークルに「遊びにおいで」と声をかけられ、一人で行くのも気が引けると迷っていたのはちょうど正月休みのタイミングだったが、その年なぜか突然、卒業後に途絶えていた年賀状が麻美から届いたのだ。確かに名前は旧姓に戻っていた。ここでもまた懐かしさのあまり、冴子はその賀状に書いてあったアドレスにメールをして数度やり取りをし、その結果、二人で飲みに行くということになった。


 昔話やら、それぞれが知る同級生の近況やら、話題が尽きることはなく、二人の再会は冴子にとって想像以上に楽しい時間となった。そして、離婚して実家に引きこもっているという麻美を、また機会があったら外に連れ出してやろうと思った時、ふと誠二のサークルのことが頭に浮かんだのだった。


「ねぇ、再来週の金曜日の夜ってあいてる?」

「再来週? ちょっと待って、いつも確認するほど用事もないんだけど、一応ね」と、麻美は携帯を開いてスケジュールを確認した。

「うん、何もないよ。どうしたの?」

「ちょっとつきあってくれない? 秘密の場所にお連れしますから」

 いたずらっぽく笑った冴子に、麻美は快く返事をした。

「えー、なんだろう? ちょっとこわいけど、冴子も行くんだから大丈夫だよね。わかった、予定入れとくね」


 その後、待ち合わせの場所や時間を約束して、二人は別れた。


 そして、当日。冴子は麻美を、誠二のサークルの練習場所に連れて行った。

 行き先は最後まで秘密、という趣向で興味津々でついて来た麻美は、そこに誠二の姿を見つけるとかなり驚いたようだった。


「えへへ、けっこうサプライズだったでしょう!?」

 本当に固まってるのかと思うほど目を見開いている麻美の様子に、冴子は得意満面だった。


 練習を見学したあと誠二も交えて立ち話程度の近況報告をしあって、誠二は仲間と飲み会へ、冴子と麻美はそれぞれ帰途についた。


 その年のうちに、冴子は二回程度サークルの公演に顔を出した。誠二がSNSを通して誘ったからだ。

 そして、年内最後だという場で、今度は冴子が驚くことになる。


 なんと、麻美がいつの間にか誠二のサークルに入会していたのだ。


「どうして、入るって知らせてくれなかったんだろう」と思いながらも、その日はにいる麻美に手を振るくらいで、個人的に話すことはできなかった。


 実は、麻美と初めてサークルを訪問した直後、冴子は麻美からメールをもらっていた。


 長い長いメールだった。

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