case7. 会えない理由(8)
「なるほど」と、半ば気圧されながらも納得して、私はそう言った。
毎回、意図したわけでもないのだが、取材してみると人間の複雑な感情が絡む話が多い。そういう点では、今回もなかなか興味深い話になってきたと手応えを感じ始めた。
「『利用されて捨てられた』というのは、その後、手紙も途絶えて連絡がなかったということからですか?」
「う〜ん、それだけじゃなくてですね」と
「手紙が来なくなったことに気づいた時は、こっちも返事が滞っていたんだから、そうなるよねって思いました。むしろ、若子おばさんも美雪ちゃんも怒ってるかもって気になったりもして。で、あちらの離婚とか、そういう事情を知った時は、いろいろ大変で手紙どころじゃないってこともあったんだろうなって思って、そのあとはこのことをまた忘れてたくらいだったんですけど。美雪ちゃんが結婚も出産もしたって聞いて——」
その知らせを美雪さんの父親から聞いたのは、今から1カ月ほど前で、このネタ募集のサイトに書き込んだあとのことだったという。
「結婚も出産もできたってことを知って、私が思っていた”美雪ちゃんのその後”がすっかり書き変わっちゃったんです」
「書き変わった?」
「えぇ。私の中ではずっと、長く生きられなくて、結婚も出産も望めない美雪ちゃんは、入院することが多くて、学校にずっと続けて行けないからお友だちもいないか、いても少ない、そういうかわいそうな子だったんです。だから、そんなに会った記憶もないはずの従姉の私に懐くくらいしか、さびしさを紛らわせる手段もなかったのかなって。親戚っていうよしみもあるし」
「それが、利用されたと感じる部分?」
「そうですね。でも、それだけなら、利用されただなんて思わなかったでしょうけど」
なかなか鋭い分析だと思いながら、私は先を促した。
「そのあと手紙が来なくなって、さらに今になって結婚も出産もしたって聞くと、もしかしたら、もっと早い段階で病気がなぜか治って、楽しく普通に学校生活ができるようになって、周りに友だちも増えて、単に私が必要なくなったってことだったんじゃないか、って思ったんです。それで私に手紙を書く必要がなくなって、私から離れただけなんじゃないの? って」
「それで、捨てられた、と」
「言葉にすると、そういうことです。でも、恨んでるってわけじゃないですよ。ただ、そういうことなのかなって思うと、なんだかなぁ〜って。やっぱり向こうが必要な時だけ、いいように振り回されてただけじゃないかってね」
次も脂っこそうな言葉だった。
「『騙された』と思うのは……今のお話と同じようなことからですか?」
「あぁ、それはちょっと違います」
そう言うと、早苗さんはまた冷めたコーヒーをゴクゴクと飲んだ。
「お代わり、もらいます?」と訊くと頷いたので、また店員を呼び、二人とも湯気の立つコーヒーを注いでもらった。
早苗さんはいったん化粧室へと中座し、戻ってきてから「実は、これは私の想像です」と話を再開した。
「私、気づいてみたら、美雪ちゃんの病気が何だったのか知らなかったんです。だいぶ経ってから母に訊いたら、腎臓が悪いっていうふうには聞いたけど、やっぱり詳しいことはこちらからは訊けなくて、あまりよく知らないって言ってました。村下さん、それってどう思います?」
急に質問を向けられて面食らう。
「どうって? 知らない……ってことがですか?」
「えぇ。なんというか、病気だからって言って、あんなにいろいろこちらに配慮を求めてきたり、おばさんはうちの母にもいろいろ愚痴ったり話を聞いてもらったりしてたのに、その中で一度も詳しい話をしないってこと、ふつうありますかね?」
言われてみれば、多少の違和感がなくはない。特に、仲が良かったふうの母親同士なら、一度くらい何か言ってもよさそうではある。もちろん、言いたくないというケースもないとは言えないが。
私がそう答えると、また早苗さんは意味ありげに言った。
「ここからが私の想像です」
「もしかしたら、最初からそんな治らないような重い病気じゃなかったんじゃないかと思うんです。いや、その時は重かったかもしれないけど、必ずしも長生きできないとか、女としての将来の幸せが望めないとか、そこまでのことじゃなかったんじゃないかなって」
「ということは、つまり、先方が嘘をついていたってことですか?」
思いのほか大胆な推測に、私は半信半疑だった。
「嘘って言っちゃうと、ちょっとあれですけど、そう思い込もうとしていたというか。思いたかったと言ってもいいけど」
「それは、お母さんがですか? 美雪ちゃんが?」
「お母さんの方、若子おばさんです。私は直接おばさんと会っていたころはまだ子供でしたけど、どうも美雪ちゃんがかわいそうだって話をする時のおばさんが、あまりに芝居がかっているというか、おばさんの様子がちょっと怖かったんですよね。悲劇のヒロイン的なストーリーに酔ってるというか。そして、今の顛末を知ると、ますますそう思えちゃうんですよね」
急に、私は足元がすぅすぅするような感覚に捕われた。
「そんなこと……。それって、一種の心の病いみたいなこと?」
「私も専門家じゃないし、詳しいことは言えませんよ。でも、たとえば、自分の子供を病気にして、看病して見せて、人の関心を引いたり、かわいそうとか大変だねとか、よくやってるねとか、そう言われることがうれしい人がいるっていうじゃないですか。それを生き甲斐にするとか」
「もしかして、代理ミュンヒハウゼン症候群のことですか?」と、私は驚いて言った。
「あぁ、そうそう。そんなふうな名前の、ありますよね。でも、美雪ちゃんをおばさんが病気にしたとは思ってないですよ。もともと病気はあったんだと思います。ただ、その病気が重症化したら最悪の場合はこうなるって部分をことさらに強調して、周りに言っていたんじゃないかなって」
「つまり、美雪ちゃんは治る可能性だって十分あったのに、最悪の場合を強調して、周りから同情されたかった、みたいなこと? それが、早苗さんからすると、騙された感じがするってことですか?」
「そうです。それ、すごくピッタリ来る説明です」と早苗さんは安堵するようにちょっと笑った。
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