case7. 会えない理由(7)

 私はメモを見ながら、順番に訊いていくことにした。


「まず、『振り回された』っていうのは、早苗さんの意思とは関係なく、美雪さんに対していろいろさせられたということですかね?」


「そうですね。できないし、やりたくないことを、病気の美雪ちゃんのためにということで、いろいろ我慢してやらされました。私、内弁慶で、あまり社交的じゃないし、不器用なんです。親戚付き合いなんて、そんな概念もないようなまだ子供の時に、全然親しくない人の家にいきなり泊まらされたんですよ? しかも、一人で」

「確かに。親戚と聞くと、よくある話のようにも思いますけど、親しくはない人たちと考えると、けっこうきついですかね」


 私が同意したせいか、早苗さんは少しホッとしたように見えた。それから徐々に饒舌になっていった。

「手紙だって、私、本当は書くの好きだったのに。あんなに苦痛な文通はなかったです。なんか、悔しいです。手紙好きの自分が、そんなふうに思っちゃう状況にされたことも」


「『かわいそうだって言われていたけど違った』っていうのは、その……今も美雪さんがお元気でいるから、ってことでしょうかね?」


 早苗さんは、「ほかの人の口から聞くと、けっこうひどい言い方ですよね」とちょっと笑ってから続けた。


「もちろん、元気でいることはいいことだと思いますよ。でも、あのころの『かわいそうな美雪ちゃん』っていう感じの大人たちの大合唱が、なんて言うか、今になると……」

「大げさ過ぎた?」

「う〜ん、何だろう。子供のころのですけど、不憫な子供の話って、私はなんだか怖かったんです。病気とか、死ぬとか、そういうのって、怪談並みに怖かったです。目の前で笑っている美雪ちゃんが、ふっと幽霊になってしまうんじゃないか、みたいな。それに、もし亡くなったら、絶対に幽霊になって出てくるって思ってました。生きてるんだけど、もうすでに美雪ちゃんは、なんか別世界の存在みたいな感じだったというか……。入院してる所も別世界だと思ったし、病気なのに成績がいいとか、なんか普通と違う感じがしてて」


 思ってもみない感覚だった。私には、子供のころにそういう境遇の子が身近にいた経験がない。


「そんな怖い思いをしたのに、今も元気だってことが、受け入れられないということですか?」

「受け入れられなくはないですよ。よかったですし。ただ、あれは何だったのか? って、当時のことが全部バカみたいに思えて」

「なるほど」と言って、私はまたメモを見た。次はちょっと脂っこそうだ。


「『結局、私より幸せだった』。これは、結婚や出産のことですか?」


 早苗さんは嘲るように皮肉っぽく笑いながら言った。

「なんか、どんどん胸をえぐられる感じがしますね。自分でもそのへんの感情がドス黒いのはわかってるんですけど、これが小説のネタになるんですもんね。正直に言わなくちゃ、ってことですよね」


 早苗さんは、コーヒーを数口飲んだ。ほぼ空になったようだったので、私は店員に合図してコーヒーのお代わりを頼んだ。

 店員が行ってしまうと、早苗さんはまた話し出した。


「私から見ると、彼女は小さいころからちやほやと褒めそやされて大事にされて、私は健康なせいで損な役回りをさせられてる気がしてたっていうのはありますね。あと、立派な学校へ行ってて、成績が良くて、いい子で、あんな素敵な子供部屋でお姫様みたいに暮らせて、いいなって思ってました。それと比べて、私の取り柄が『健康』だけだったとしたら、結局それも生かせてないってことなんですよ。だって、子供だって生んでないし、女性としての幸せだってつかんでないですもん」


 この複雑な心情を一言で言うと、どうなるだろうか。

「それはジェラシーのような感じ?」と、事務的に訊いた。


「あまり認めたくはないけど、そんな感じなんでしょうかね」と早苗さんは言った。


「でも、それも今の時点での話であって、今後、早苗さんだってものすごい幸せな結婚をするかもしれないですよね? たまたまこのタイミングでは、美雪さんの方が幸せに見えるのかもしれないですけど」

「だからですよ、村下さん」と早苗さんは力を込めた。

 そして、「」と一語一語切るように言った。

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