case7. 会えない理由(4)
じゃんけんはほぼ均等に勝ったり負けたりしながら、早苗の方が先にショーツとパジャマのズボンだけになった。
暖房は入っているようだったが、上半身が裸のせいもあって寒い。脱ぐ順番を間違えたなぁと思っていると、美雪がポツリと言った。
「私ね、病気のせいで、大人になっても結婚もできないし、赤ちゃんも生めないんだって」
年下の子供だと思っていた美雪から突然そんなことを言われて、早苗は面食らった。
二人はほぼ一つ違いだったが、早苗が三月、美雪が四月生まれで、学年はギリギリ二つ違いだった。
病気の状況をまだ二年生の美雪が自分で知っていることに驚くべきなのだろうが、それよりも、早苗自身は結婚や出産というものについて、一度も自分のこととして考えてみたことがないということにまず思い至った。そして、それらができないと言われることがどういう気持ちをもたらすのか、今ひとつピンと来なかった。
「私、ちゃんと大きくなれるのかなぁ。お姉ちゃんみたいに、なれるのかなぁ」
美雪は、少し膨らみ始めた早苗の胸を見ながら言った。確かに、美雪は年齢のわりに小さく痩せて見えた。
さっきまで面白おかしいゲームをしていたはずが、みるみる空気が沈んでいく。
その時、階段を誰かが上がって来る音がした。
「隠れなくちゃ!」
美雪はまだパジャマを着ていたので、そのまま布団に潜り込み、早苗はパジャマの上着を引っ掴んでからベッドに滑り込んで寝たふりをした。
静かにドアが開いて、美雪の母親が入ってきた。
二人の様子を見るのにベッドに近づいてから、床に脱ぎ散らかされた服を拾い上げて、どこかに置いているような気配がする。それからまた、静かに出ていった。
階段を下りていく音が聞こえると、布団の中の美雪はクスクスと笑い出した。早苗も今まで息をしていなかったことに気づいて、喘ぐように笑った。
「びっくりしたね」と言いながら、美雪は掛け布団を持ち上げて中から早苗を見上げる。その人なつこい笑顔に、初めて、早苗は美雪がちょっとかわいいと思ったのだった。
なかなか笑いやまない美雪だったが、やっと息が整うと、「もう全部脱いじゃおっか!? 裸の見せっこしようよ」と言った。
早苗はまだ上半身裸だった。二人で危機を乗り越えて、すっかり愉快な気持ちにもなっていた。そのせいか、あまり深く考えずに「いいよ」と言った。
美雪はすぐにベッドから出て、パジャマを脱ぎ始めた。早苗もノロノロと起き上がってパジャマのズボンを脱いだが、そこで少し躊躇して美雪を見た。美雪はまさに全裸になろうとしているところだった。
今さら、恥ずかしいなぁと思いながら、早苗はしかたなくショーツを脱いだ。全裸の二人が向かい合うと、また美雪がクスクスと笑った。つられて早苗も笑う。どう考えても、おかしな状況だった。
「大人になったら、お母さんみたいな体になるんだよね」と言って、美雪はまた早苗の小さな小さな胸の膨らみを見た。
それから早苗の手を引いてクローゼットに近づくと、扉を開けて内側の鏡にいっしょに映るようにして並んで立った。
美雪は鏡の中の早苗の体をまじまじと見ながら、「お姉ちゃんって、もう大人なの?」と言った。
早苗は急に恥ずかしくなって「違うよ。もう寝よう!」と言って、床のパジャマを拾いに行くと、さっさと身にまとい始めた。その時、美雪が走り寄って、「お姉ちゃん、大好き」と早苗に抱きついた。
早苗は驚いて、身動きすらできなかった。美雪の顔が、早苗の胸に触れていた。
布団に入ってからも、美雪は子供が母親にくっつくようにして、早苗の体の中にくるまろうとした。
突き放すわけにもいかず、寝づらいなぁと思いながらいると、美雪が何も言わずに早苗の胸を触ってきた。ゾクゾクとくすぐったい心地がしたが、やはり手を払いのけることはできなかった。
「あったかいね」と言ってしばらくすると、美雪は寝息を立て始めた。
翌朝、目を覚ますと、美雪は何ごともなかったように、また無邪気な
ゆうべのできごとは夢だったのかもしれない。
早苗は、むしろそう思おうとした。小さな子供の前で裸になって、胸を触られたなんて、ひどく恥ずかしいことをしてしまったような気がしていた。
帰りは美雪の父親が駅まで送ってくれた。着いた駅には、早苗の母親が迎えに来ることになっている。
いっしょに車に乗り込んでいた美雪は、このあと病院へ戻ることになっていた。
駅に着いて早苗が車から降りると、美雪は目に涙を溜めてこう言った。
「早苗お姉ちゃん、私の本当のお姉ちゃんになってね。また、お手紙書くね」
後ろに立っていた母親も、「返事を書いてやってね。お父さん、お母さんによろしくね」と言う。
そして、これ以降、早苗と美雪が会うことはなかった。
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