case7. 会えない理由(3)
仲の良い友だちの家に遊びに行く以外でよその家を訪ねるということは、どうしてこんなにつまらなく、所在ないような心細さを感じるのだろう。
正月早々に美雪の新しい家にいて、早苗は早く帰って好きな正月番組を見たいのになぁと思いながら、気持ちが沈んでいくのを抑えられなかった。
今夜は一人でここに泊まるように言われている。さらに明日は、美雪が外泊許可を取っているので、もう一泊を美雪と過ごさなければならない。望んだわけではないのに、大人たちに勝手にそう決められてしまった。
夜、自分の両親が帰ったあと、美雪の母親は二階の美雪の部屋へ早苗を案内してくれた。
「早苗ちゃん、今夜はこの新しいベッドを使ってね。まだ美雪も寝たことないのよ。だから、早苗ちゃんがここに一番に寝るってことになるわね」
ものすごいサービスのように言われて戸惑ったが、ベッドで寝たことがない早苗にとって、確かにうれしいことではあった。
ヘッドボードもフッドボードもお姫様が寝るベッドのような形をしており、薄いピンクの花柄のカバーが掛かっていた。
母親はベッドに座ると、早苗にも座るように手招きした。まったく知らなかったのだが、美雪は私立の名門学校に通っているそうで、作文が何かに選ばれたとか、絵がコンクールで入賞したとか、成績がどうとか、早苗には興味のないことを母親から延々と聞かされた。
母親は最後に、「それなのに、あの子はそんなには生きられないのよ」とため息をつき、うっすらと笑って言った。
「早苗ちゃん、本当にありがとうね。これからも仲良くしてやってね」
早苗はどう言ったらいいか、わからなかった。頭の中ではさっきから、こんなかわいらしい新しい部屋を与えられて美雪は幸せだ、うらやましいと思っていた。学校でもよい子なのだろう。
その印象と「そんなには生きられない」ということが、早苗の中では具体的にうまくリンクしなかった。
そんな早苗をよそに、母親は立ち上がると壁の方へ歩いて行った。
「どうかな、この壁紙」
見ると、これも薄いピンクの小花を散らしたような、上品な壁紙だ。
壁紙など、生まれてこのかた意識したこともなかった早苗は、それがいいのかどうかわからなかったのだが、大人っぽくて、かつ、かわいいと思う。
「きれい」と一言答えた。
「そう? 美雪はもっとにぎやかなのを選ぼうとしたんだけど、私はこれがいいと思ったの。素敵でしょ?」と、母親は壁を数回撫でた。
壁紙を選ぶということすらよくわからないまま、早苗は「はい」と言った。
一人で寝るのは初めてだった。小さな灯りだけが灯った慣れない部屋で、早苗はこわくてなかなか眠れなかった。何か安心できるものを視界に入れたいと無意識に見回すのだが、壁紙の柄も薄暗がりの中でまったく見えない。
その時、早く死ぬかもしれない美雪の姿が幽霊のように壁に浮かび上がってくるような気がして、早苗は頭から布団をかぶった。
翌日。眠くて退屈な午前中を、美雪の母親と話したり、チャンネルを変えることもできないテレビを見たりしながら何とかやり過ごし、昼から外泊許可の出ている美雪をみんなで車で迎えに行った。
帰りは後部座席に二人で座らされ、美雪のおしゃべりを聞きながら、早苗は早く明日になって家に帰りたいと思い続けていた。
家に戻っても、美雪は体を使った遊びはできない。二人はボードゲームやトランプを与えられ、美雪が疲れたと言うまで、ずっとそれを続けた。
夕食が終わり、やっと寝る時間が来た時、早苗の中では二人で寝ることの憂うつよりも、翌日には帰れるといううれしさの方が勝っていた。
昨日は一人で寝た真新しいベッドに、二人で並んで寝かされた。眠ってしまったら、もうあとは朝を迎えるだけだ。
ところが、ここからが問題だった。
美雪のおしゃべりがまた止まらない。
早苗はゆうべの寝不足もあって眠くてしかたがないのだが、がんばって適当にあいづちを打っていた。そして、そろそろ三十分ほども経っておしゃべりも尽きたかというころ、美雪がこう言ったのだ。
「早苗お姉ちゃん、こういうの知ってる?」
美雪によると、じゃんけんをして負けた方が一枚ずつ服を脱いでいくゲームがあるということだ。
「おもしろいから、やろうよ」
いつもの満面の笑みを浮かべた美雪は、ただの無邪気な子供のようでありながら、親に隠れて悪いことを楽しもうとする悪ガキのようでもあった。
とにかくそれにつき合えば寝られるのだと思った早苗は、しぶしぶ「いいよ」と言った。
パジャマしか着ていないのだから、すぐに終わるだろう。
しかし、それが甘かった。美雪は、パジャマの上に服を着てからやろうと言った。
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