case7. 会えない理由(2)

 ついに、ご対面の日がやってきた。


 早苗は母親に連れられて、まず美雪の家を訪ねた。そこでもどう振る舞えばいいのかわからなかったが、大人たちは大人たちで適当に世間話をしていたので、早苗は早苗で出されたジュースをおとなしく飲み、遠慮がちにお菓子を食べていた。


 しばらくすると、美雪の父親の車で病院へ行くことになった。


 大きな病院も初めてなら入院病棟へ踏み入れるのも初めて、ましてや、小児病棟なるものがあることも知らなかった。

 パジャマを来た子供ばかりが一堂に集められている場は、その服装を別にすれば、早苗に幼稚園や保育所を思い出させた。そこここに子供っぽい飾り付けが施された中に、小学生くらいの子供もいる。不思議な空間だった。


 主が空っぽのベッドが多いいくつかの部屋を通り過ぎると、美雪の両親は一つの病室の前で立ち止まって、早苗と母親を手招きした。そして、病室の中へ向かって「早苗お姉ちゃんが来てくれたよ」と言った。


 早苗たちが病室の入り口に顔を見せると、ベッドの上に起き上がっていた美雪は「わぁ、こんにちは!」と満面の笑顔で言った。

 部屋の中では、ほぼ全部のベッドに子供がいた。ある者は伏し、ある者は起き上がって珍しそうにこちらを見ている。


「こんにちは」と早苗は小さな声で言った。

 四人で美雪のベッドに近づいて行きながら、美雪の母親が早苗を一番前へと促した。イヤだなぁと思いながら、早苗は従うしかなかった。自分の母親を見ると、何か美雪に話しかけるようにと目配せしている。


「大丈夫?」

 こんな言葉でいいのかどうかわからないまま、早苗はボソッと訊いた。

「うん、今日は元気! だって、早苗お姉ちゃんが来てくれるって知ってたから、元気になったよ」


 ほぼ初対面に等しく、自分より年下である子に、自分以上に多くしゃべりかけられた経験がほとんどない早苗は、早くも居心地が悪くなった。しかも、相手は病気らしいのに、早苗より明るく元気な印象を受ける。


 早苗は「えへへ」と曖昧に笑って、それきり黙ってしまった。


「美雪、お姉ちゃんと話したいこといっぱいあるんでしょ? でも、お話は静かな声でね」と、美雪の母親が言った。


 それから、美雪から病院のことや学校のこと、いつ退院できるかなどを聞かされ、合い間合い間にされた質問に答えて、約三十分の面会が終わった。

 早苗は美雪のおしゃべりに対応するのに必死で、話した内容もあまり覚えていなかった。


 帰りは、四人で駅の近くの喫茶店へ行き、早苗たちが乗る電車の時間までみんなでお茶を飲んだ。


 話題はもっぱら、美雪の病気のこと。難しいことはわからなかったが、早苗が理解したところによると、美雪は大人になっても結婚も出産もできないらしいということだった。


「それにね、下手すると、そんなに長生きもできないんじゃないかってことなの」


 そう言って、美雪の母親は声を詰まらせた。涙を溜めた目で彼女が自分を真正面から見据えた時、早苗はまるで蛇に睨まれでもしたようにハッとした。


「早苗ちゃん、美雪がお手紙を書くから、返事をしてやってくれる?」


 穏やかな声だったが、早苗は何か重い枷をはめられたような気持ちになった。そして、「は、はい」と言うしかなかった。


 早苗の家の引っ越し荷物も片付き、学校の二学期がそろそろ始まろうかというころ、さっそく美雪から手紙が来た。


 病室で話したような他愛のない内容だったが、便せんを開くなり、どんなにか楽しい気持ちでこれを書いたのかが伝わるような手紙だった。色とりどりの文字、随所に散りばめられたイラスト。字も絵も幼く、お世辞にもきれいとは言えないのだけど、早苗は胸が痛くなった。


 この子の気持ちを、私は受け止め切れない。このテンションについて行けない。でも、相手は自分をなぜかこんなにも慕っている。しかも、もしかすると大人になる前に命が尽きるかもしれない子なのだ。私には荷が重過ぎる。


 はっきりとそう言葉にして自覚するにはまだ幼い早苗だったが、そこはかとない哀れみのようなものを感じたのかもしれない。


 多少遅れがちになりながらも、早苗は何とか手紙の返事を書いた。そして、数通の行き来があったのち、正月にまた早苗たちが美雪の家に遊びに行くことになったと知らされた。年始の挨拶ということもあったが、美雪の家族が近所の新築の家に引っ越したということで、そのお披露目とお祝いも兼ねてとのことだ。


 できたばかりの新しい家かぁ。

 自分たちもここに引っ越してきて間もないが、家は古いのだ。早苗は、友だちの新しい家に遊びに行った時、何もかもピカピカにきれいで、かわいらしく飾られた子供部屋をうらやましく感じたことを思い出した。そして、自分だけが、あまりいい思いをしていないような気持ちになった。

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