case7. 会えない理由(1)
ネタ収集サイトを開設して、それなりの回数の取材をしてきて、私はある傾向に気づいていた。
ぜひ、話を詳しく伺いたいと思うようなネタの提供者は、一見、そんなことをしそうにないタイプの女性が多いということだ。
そもそも、アクセスして来る人の割合も圧倒的に女性が多いが、社交的でさばけた感じの人よりは、他人に秘密をさらけ出したいなどと考えそうもないような、内気でおとなしいタイプの人が多い。
そういうタイプの人は、ふだんから何でも話せるような友だち付き合いのない人が多いということだろうか。理由はわからない。
いずれにしても、そういう方々のはけ口になれるのであれば、それはそれでやる意味もあると思うところだ。たとえ、うちの先生に採用されなくとも。
というわけで、今回もまさにそういったタイプの女性の話になる。
まず目を引くのが、痩せてスラリとした体型だった。そして、不自然なほど愛想がいいところが、無理して目一杯相手に気遣いをしているという印象を与える。
面立ちはごく普通で、美人というわけでもないかわりに特に個性的な感じもしない。ただ、気遣いのせいなのか緊張のせいなのか、表情がめまぐるしく変わり、こちらも少し落ち着かない気分にさせられる。
彼女の指定した、比較的大きな古めかしい喫茶店の奥の席に陣取り、私たちは軽食を頼んだ。彼女によると、食後のコーヒーのお代わりが何杯でもでき、気兼ねなく長居ができるとのことだ。
注文を終えるとすぐに、「私、今、緊急に困ってるんです」と彼女が言った。
***
彼女を仮に早苗とする。以下、登場人物はすべて仮名である。
早苗は一人っ子だ。
兄弟姉妹と遊んだ経験がないばかりか、近所の遊び友だちもみんな年上だった。そのせいか、自分は妹体質、年上に甘えているのが性に合っていると思いながら育ったという。
そんな早苗にも何人かのいとこがいたが、父親が長男だったため、父方のいとこは全員が年下だった。早苗の一家は、父親の仕事の関係で、父方母方どちらの親戚とも遠く離れた県に住んでおり、滅多に行き来もなく、その時が来るまではいとこたちのことを考えたこともほとんどなかった。
そして、その時が来た。
季節は夏で、早苗は小学四年生だった。九月から父親が新しい職場に移ることになり、一家は早苗の夏休みの間に祖父母の住む県——つまり親戚たちのいるエリア——から比較的近い所に引っ越した。
初めての転校。それだけでも早苗にとっては大変なことで気が重いのに、母親から夏休みの間に親戚へあいさつ回りに行くと聞かされて、さらに憂うつな気持ちになった。
「いとこの美雪ちゃんが『早苗お姉ちゃんに会うのを楽しみにしてる』って言ってたわよ」
そう母親に言われた時、早苗には「どうして?」という疑問しか湧かなかった。
自分は美雪と会った記憶さえない。幼稚園の年少くらいの時に、さらに小さい美雪といっしょに写っている写真はある。でも、その時のことはまったく覚えてないし、別に会いたいとも思わなかった。
早苗の中では、祖父母を別にすれば、親戚というもの自体があまりピンと来る存在ではなかったと言っていい。
それなのに、母親に「お姉ちゃんらしくしなさいね」と言われたのだ。
知らないに等しい子、会いたいとも思わない子に、お姉ちゃんらしくするとはどうすることを言うのだろう?
そもそも相手が年下という時点で、早苗は途方に暮れる。どう扱っていいか、どういう態度をすればいいのか、さっぱりわからなかった。
そして、さらに困ったことに、美雪は入院しているという。お見舞いという場も、早苗には初めてだった。母親は、病室でしてはいけないことなどを口うるさく早苗に言い含めようとした。
そんなこんなで、早苗にとって美雪に会うことは極度に億劫で、憂うつこの上ないことになってしまっていた。
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