case6. ダメージの与え方(9)
「今日、この話をしていて、高校の、特に三年のころは全然楽しくなかったっていう気分がよみがえっちゃったんですよね。忘れてましたけど。ほかの三人の話をしてても、『そんなに仲良かったのかなぁ』って今さら思っちゃって」
思いがけない言葉だった。
「でも、喧嘩もなかったってことでしたよね?」
「そこなんですよ。逆に、心を開いてもいなかったのかも、って。だって、趣味も合わないし、芸能人や好きな男子の話で盛り上がった記憶もないし、進む道もあまりにもバラバラで、私はその後は浪人して、誰かに会うって気分にもならなかったし。今あらためて思えば思うほど、どうしてこの四人がくっついてたの? っていう組み合わせなんですよ。だからほんとに、卒業して終わり! って感じ。千鶴の展覧会がなかったら、一度も会わなかったかも」
「じゃあ、裕美さんのその後は、誰も知らない?」
「知ってるかどうか、誰かに訊いたことあったかな。私はずっと、自分のことで手一杯だったんですよね」
高校時代の友だちはその後も長くつき合うケースが多いように思っていたけど……と私はまた質問が止まらなくなっていた。
「同窓会みたいなものは?」
「えぇ、私は全部行ってるけど、ほかの三人が来てたことないです」
「裕美さんの実家の病院は、まだあるんですよね?」
「もちろんです。あ、そういえば、いつからか看板の院長の名前が、坂井じゃなくなってましたね」
「それは、裕美さんのお父様が誰かに院長を譲ったってことですよね。もしかして、裕美さんの結婚相手でしょうか」
「ふつうに考えたら、そうなるのかなぁ。名字が違うってことは、旦那さんは婿養子にはならなかったってことか……」
今日の話は、本当にわからないことだらけだ、と私は思った。
「お話、ありがとうございました」と言って、最後に私はずっと気になっていたことを訊いた。
「犯人を否定したかったってことだったのに、否定の材料がなかったので、裕美さんがやったと仮定しての話になっちゃいましたね。もしかして、今日このことを話さなければよかったって思ってませんか? そうなら申し訳ないなと……」
美保さんは少し驚いて「とんでもない」と言った。
「かえって、開き直れました。私は悪いことはしてないし、相手が私を嫌うかどうかなんてコントロールできないし。なんか、しょうがないことだったんだな、って」
「だったら、いいんですけど」
「あ、しょうがないって言っても、盗みを肯定するわけじゃないですよ」
「もちろんです。裕美さん、二冊も同じ本を手元に持って、どんな気持ちだったんでしょうねぇ」
「さぁ」と、美保さんは小さく笑ってから、思いついたように言った。
「逆に、こちらこそすみませんでした。きっと、もっと謎めいたミステリーがあった方が話としては面白かったですよね」
「いいえ。結局、人間の複雑な心理が一番のミステリーなんだと思いますよ」と、私は答えた。
***
成り行きでくっついていた四人、か。
学校時代は、好むと好まざるとに関わらず、そういうシチュエーションが起こるものなのだ。気が合って、引きつけ合って、本当の友だちになれるというのは、奇跡みたいな貴重なことかもしれない。
このケースを思い返しながら、そんなことを考えた。
いつもはあまり気にしてなかったことを、あのあとさらに私は美保さんに訊いた。
「このお話、『同じものを二回盗んだ』ってところがかなり特徴的だと思うんですけど、もし採用になって裕美さんが読んだら、自分のことだってわかりますよね。それは大丈夫ですか?」
その時、美保さんがいたずらっぽく言った答え——
「それくらいは、いいんじゃないですか。私からのお返しってことで」
その言葉は、見事に私の心に刺さった。
今、どうしているのかわからない裕美さん。院長夫人におさまって、悠々自適かもしれない。そこに、もう忘れていた所業のお返しが届けられたら——。
多少のダメージは受けるだろう。
ともあれ、二回盗むとはなかなか思いつかないことだ。
裕美さんは、最初からそうするつもりだったのか。それとも、二回目の部分は成り行きで思いついたのか。どっちにしても、その方が相手により強いダメージを与えるだろうとわかってやった節がある。
単なる、と言っては語弊があるが、本当はありきたりな盗難事件で終わっていたかもしれなかった。だが、自分が盗った物をわざわざもう一度与えて、また奪う、という形になったことで、普通のケースとは決定的に一線を画すことになった。そこが、怖い。
残念ながらと言うべきなのかわからないが、このネタはお蔵入りになりそうだ。いや、このまま封印されていた方がいいのかもしれない。
——「ダメージの与え方」
タイトルはこれしかないだろう。
裕美さんが本当に意図した効果はなかったようだが、そこにこだわってやったとしか思えない。
一人の人間の心の闇も、のっぺらと一様に広がっているわけではない。幾重にも複雑に重なっているのだ。一カ所に光を当てても、すべてを解き明かせるというものではないのだろう。
私は暗澹たる気分のまま、保存のボタンを押した。
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