case6. ダメージの与え方(8)

「嫌いというよりも妬みが原因だったとしたら、裕美は単語の暗記帳を盗って私に嫌がらせをしたってことですかね?」


 美保さんのまなざしは真剣だった。


「嫌がらせ? まあ、平たく言えば、そうなりますかね。足を引っ張りたかったのかもしれないし」

「そうか。それもまた、ショックですね。つまり、蹴落とす…ってこと?」と、美保さんは内容を自分なりに咀嚼してるようだった。


 そこで、私もまたよけいなことを訊いてしまった。

「ちなみにですけど、裕美さんの成績って、どのあたりだったんですか? 蹴落とすってことは、同じくらいの人同士がライバルを貶めるってイメージですけど」

「正直、よくわかりません。ただ、順位発表の掲示で、私が自分の順位を見る時に、近くに裕美の名前があった記憶はないかなぁ」


 ならば、そんなことをして勉強の邪魔をしても、美保さんを自分のレベルまで実質的に引きずり下ろすのは無理だったろう。嫌いにしても妬むにしても、単に美保さんを動揺させることが目的だったのだろうか。


「それにしても、大事な時期にそんなことがあって、かなり動揺したでしょう? 受験勉強に影響なかったんですか?」と、私は新たな興味を持って訊いた。


 美保さんはしばし考えるようにしてから言った。

「私も子供だったのかなぁ。こんなことが起こって不思議には思ったけれど、隠しておきたい気持ちの方が強かったんですよね。だから、深く掘り下げて考えたりもしてなくて、『なかったことにした』みたいな感じでしたかね」

「じゃあ、相手が受験の邪魔をしようとしてたとしても、その効果はなかったということですか」


 美保さんはちょっと笑って「私、現役の時は受験、失敗してます」と言った。


「あ、そうなんですね。ごめんなさい、変なこと訊いて」と私は慌てて謝ったが、美保さんはなおもおかしそうに笑って言った。


「いえいえ、あれは本当に勉強しなかったせいなので、自業自得です。だから、あの事件で受験の邪魔をされたなんて、まったく思ったことないです。そもそも、邪魔できるほど勉強してなかったっていうか、ね。クラスも三年生とは思えないくらいのんびりした雰囲気で、お互いに誰がライバルとか意識することもなかったので、私もあの事件が受験とつながってるなんて、あまり考えてなかったかなぁ」


 裕美さんはどうだったのだろう。自分のしたことの行方を、最後まで気にしていたのだろうか。ここまで来ると、やはりそこが知りたくなって、私はまた質問を重ねてしまう。


「裕美さんは、美保さんの受験の結果を知ってたんですかね?」

「う〜ん、どうなんでしょう。最後は私もアタフタして、周りのことは気にしてなかったから。三年生の最後の方って、あまり学校にも行かないですし。でも、うちの高校は公立に進学する人の方が少ないので、受かると目立つんですよね。で、私が受かったって噂が流れてないわけだから、察してはいたんでしょうね」


 私は、ほくそ笑んでる一人の女子高校生を想像してみようとしたが、あまりうまくいかなかった。やはり、こういう話は本人に訊かなければ解き明かせないことばかりだ。

 かわりに「そうですか」と言って、もう何度目かになる”お開き”のタイミングを意識した。


 最後にと梅酒ソーダを飲んでいると、美保さんがぼんやりと遠くを見るようにして言った。

「卒業のころの私たちってどうだったのかなぁ。四人で別れを惜しんだような記憶もなくて。もしかして、私が大学落ちたから、みんな私に気を使ってたのかな。私も、その後のことは……千鶴のことしか記憶にないんですよ」


「卒業後、みんなで会ったりしなかったんですか?」


「一度だけ、千鶴の出品する展覧会に行ったきりかなぁ。でも、裕美は来なかったです。確か私たち三人とも、彼女の近況は知らなかったんじゃなかったかしら」

「展覧会のお知らせは送らなかったんでしょうかね?」

「どうだろう。実家が病院だから、最低でもその住所には送ったんじゃないかと思うけど。なんとなくですけど、知ってて来なかったんじゃないかって気がするなぁ」


 そう聞くと、漠然と何かが見えそうな気がして、また私の興味がうずく。そこで間髪を入れず、「というのは?」と訊いてしまった。


 美保さんは視線を再び私に戻して、バラバラの記憶を拾っていくようにゆっくりと話し出した。

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