case6. ダメージの与え方(7)

 確かにこの仮説は、私たちがわかる範囲の情報にはあまり当てはまらないのかもしれないと思いかけた時、「そういえば……」と美保さんが思い出したように言った。


「私の実家、お隣に教育関係の機関で働いてる人が住んでたんです。それで、いつも美術館の展覧会の招待券をもらっていて。それを千鶴にあげたり、二回くらいは私もいっしょに行ったりしました。それで、焼きもちを焼いたとか?」


「あぁ!」と私は思わず声を上げた。

「それだけが原因とはもちろん言えないけど、そういう小さなことの積み重ねってことは十分あり得ますね。あと、気になってたんですけど、貴子さんとは中学からいっしょだったんですもんね。そういう間柄って、意識してなくても自然と近しい感じで話せるもんですよね?」

「それはそうかも」

「で、貴子さんは誰とでも同じように接する感じの人ですよね。あと、千鶴さんと裕美さんはどうですか?」

「どうかな。千鶴もあまり人によって態度が変わるような人じゃないかなぁ。特に二人の関係を気をつけて観察してたわけじゃないからわからないけど、たぶん普通に……」

「で、美保さんは裕美さんに距離を感じていたんでしょう? 彼女がそれを敏感に感じ取って、疎外感を抱いてたという可能性もありますよね?」


 美保さんは、少し考えるようにしてから言った。

「でも、私だって、距離を感じてはいたけど、そんなに表に出してるつもりもなくて、普通に接してたと思うんだけどなぁ」

「そもそも、美保さんが距離を感じてたっていうのだって、何か見えない壁のようなものを二人の間に敏感に感じていたってことじゃないですか?」

「なるほど、そうなりますかねぇ」と、美保さんは渋々認めざるを得ないという感じで言った。


「これも、あくまで一つの可能性です」と言って、私はまた残りの料理を少しつまんだ。梅酒ソーダは氷が溶けて、運ばれて来た時のままの量に見えたた。


「でもね、そんなんであんなことするっていうのが、やっぱりどうしてもねぇ」と、ビールを飲んで口元をおしぼりで拭いながら美保さんが呟いた。


「じゃあ、嫌いだったからあんなことをした、という可能性の方に行ってみましょうか」

「んむ。悲しいけど、そっちの方がまだしも腑に落ちるかも」と美保さんは腰の位置を少し前に出すようにしながら言った。


「私が気になったのは、裕美さんが病院を継ぐという立場で進学について悩んでいたらしいことと、美保さんが一番成績が良かったってことです。単純に考えて、美保さんが妬まれてもおかしくないんじゃないかな、と思ったんですけど」

「んー、まったくそういうのは感じなかったんですけど、そういうもんですか?」

「一般的には、そういうもんです」

「いや、確かによく聞く話だけど、裕美が私を? あんなにいつも穏やかで、怒ったりするとこも見たことないのに? そもそも、私たち滅多に勉強や成績の話、してなかったですよ?」


 美保さんは、相変わらず怪訝そうな表情をしている。


「美保さんが、距離を感じていたのを表に出してなかったつもりだったように、裕美さんだってうまく隠していたかもしれないですよね」

「まあね。それは否定できないか……」

「あとは、あまり気持ちよくはないでしょうけど、馬が合わないとか、わけもなく何となくとか、要は理屈で説明できない ”嫌い” もありますよね」


「それは気持ちよくないですね。ショックです」と美保さんはうっすら笑って言うと、こう付け加えた。

「でも、それだったら、ちょっといじわるしてやろうって気持ちになる人もいるんだろうな、ってのは頭では理解できます。いじめの構図そのものですよね」

「そして、それで言うと、妬みじゃなくて、単なるストレス発散とか愉快犯だったとしても、ターゲットに美保さんを選んだことの説明もつくと思いません?」と私は言った。

「あぁ、そうか! なるほどね」と美保さんは苦笑した。


 やっと話がまとまってきたと、私はホッとした。

「理屈じゃないって言っても、深く掘り下げるとたいていはちゃんと ”嫌い” な理由があるもんなんですけどね」


 私はもう雑談のつもりで、軽くそんなことを言った。

 そろそろメモを片付けようかと思った時、残りのビールをちびちび飲んでいた美保さんが口を開いた。


「私って、何なんだろうなぁ。何もしてなくても嫌われちゃうって、あるんですね。いや、頭ではわかってるんですけど、でも実際に自分が嫌われる側だったって話だと、けっこうショックですね」


 私はさっきの発言を後悔した。客観的に、冷静にと思うあまり、逆に傷つけてしまったのかもしれない。


「ごめんなさい。全部、一般論から見た仮説であって、本当にそうかどうかは、もう誰にもわからないですよ。裕美さん以外は」


 私がフォローするつもりで言うと、美保さんは「えぇ、いいんです、それは了解してます」と答えてから、「一つ訊いていいですか?」と真顔でこちらを見た。

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