case6. ダメージの与え方(6)

「そうですよね、ごめんなさい。ここで話を終わらせても、こちらはかまいません。ネタとしては十分に聞かせていただきましたし、採用になったとしたら、この先を膨らませるのは作家の方で……」


 私が話を切り上げようとすると、美保さんは慌てて私を遮り、早口で言った。


「いえいえ、そういうつもりじゃないです。今日は、モヤモヤしてたものを吹っ切るためもあるので、考えます!」


 さっきまでとは別人のような勢いに戸惑いながら、いったん一息入れようと思った私は「じゃあ、時間が許すなら、まず飲み物のお代わり頼みません?」と言った。


 注文のあと、残っていた一品料理など軽くつまみながら、私たちは黙ってそれぞれ考えを巡らせていた。そこへ、美保さんのビール、私の梅酒ソーダが運ばれて来た。

 一口飲むと、冷たい刺激で少し頭がすっきりするようだった。


「私から言っていいですか」


 話の続きをどうするかは、決めていた。

「あ、はい」と美保さんはジョッキを置いてかしこまった。


「先ほどの、消去法で…って話ですけど、お聞きした内容から客観的に見る限り、私の中に残ったのは、『困らせてやりたい、イヤな思いをさせたい』『気に入らない人をいじめたい』『ストレス発散、愉快犯』の三つです。今回みたいに、盗難に遭う方にまったく落ち度がないというケースでは、動機はそれくらいしかないですよね。あくまで一般論ですけど」


「なんだか、裕美がすごくイヤな人みたいに聞こえますね」


「美保さん。裕美さんが犯人だと仮定すると、他人のものを二回も盗ったんですから、十分イヤなことをしてますよ。ただ、お友だちだったわけだから、せめて何か事情があったんじゃないかって背景を理解してあげたい。そういうことですよね。もう、この話の行き先はそれしかないと思うんですけど」


 美保さんは、黙ってビールを一口飲んだ。そして、ジョッキの泡の変化を見張ってでもいるかのように、テーブルに置いたあとも横目でずっとジョッキを見ていた。そして、やっと目線をこちらに向けた時、「わかりました。理解してみましょう」と言った。


 実は、いざそうなると、私にだって確信や根拠があるわけじゃなし、手探り同然だった。が、とにかく話を進めなければ、美保さんのモヤモヤは終わらないのだ。


「ただし、単なるストレス発散でした〜、とか、面白そうだからやってみました〜、ってことなら、裕美さんってそういう人だったんだね、ってことで話は終わりです」

「まあ、そうですよね。そうは見えなかったけど、人は見かけによらないってこともあるし」

「それに、いま私たちがそれを判断することもできませんよね。なので、それはそのまま可能性の一つとして置いとくとして、残るは二つのパターンですけど」

「私を困らせたいとか、イヤな思いをさせたいとか、いじめたかったとか、そういうパターンですね」

「そうですね。まあ、結局、どれも同じようなことになるのかな」

「えぇ、確かにそうかもしれませんね」と美保さんはすっかり落ち着いた様子で答えた。


「盗むというのは手段であって、盗むことでいま言ったような願望を果たそうとしたってことになるのでしょうけど、じゃあ、どうしてそういう願望を持ったのかってことが、話の核心になるんじゃないかと思うんです」

「私を困らせる、いじめたいという願望……。どうしてかな。私、嫌われてたんでしょうか」


 あくまでも客観的に、一般論っぽく。そう言い聞かせながら、私は慎重に話を進めた。


「こういう場合は、それもよくある理由だとは思います」

「裕美、どうして〜?」と言いながら、美保さんは悲しそうな顔をして、おしぼりを目の下にあてた。


「でもね、好きだったからっていうのも、あり得ますよ?」


 そう言うと、美保さんは「ん? どうして? 好きな人をいじめますか?」と怪訝な顔をした。


「『かわいさ余って憎さ百倍』って言葉もありますから。こっちは好きなのに相手からは同じように返してもらえてない気がするとか、仲良くしたいのに思ったようにしてもらえないとか。さっき、距離を感じていたと言ってましたが、そんなふうに気持ちが噛み合ってなかった可能性はないですか?」

「う〜ん、確かに距離は感じてたけど、表面的には四人で行動してたし、同じように話していたし、特に裕美だけ違うふうに接してたつもりはまったくないけどなぁ」

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