case6. ダメージの与え方(4)
翌々日、マスクをした裕美が登校してきた。
その日の昼休み、千鶴と貴子は盗難事件について裕美に話した。
「そんなもの、盗る人いるの!?」と裕美は驚いた。
それからまた、推理合戦が始まってしまった。
「だいたい、なんでそんなもの盗るんだろう? 普通、盗るならお金でしょ?」と貴子。
「ほかには、何か盗られたって言ってる人は誰もいないんでしょ?」と裕美。
「となると問題は、本を狙ったのか、美保を狙ったのか? だよね」と千鶴。
「ちょっと、イヤなこと言わないでよ」と、美保は身震いした。
「でも実際、美保だけが盗られてるわけだし」と貴子が笑った。
「きっと、ライバルがやったんだよ。美保を蹴落としたいと思ったヤツが、美保を動揺させるためにやったんじゃない?」と、千鶴が突然ひらめいたというように得意顔で言った。
「えぇ!? 誰?」と、三人は一斉に教室を見回した。そして、わからないというように顔を見合わせる。
ややしてから、「あ!」と貴子が突然叫んだ。
三人はびっくりして、そろって「何!?」と貴子を見る。貴子は手招きをして三人を寄せ集めると、ヒソヒソ声で言った。
「三組の後藤じゃない?」
後藤とは、隣のクラスの男子で、成績は常に学年で五位以内に入るくらいの優秀な生徒だった。ただ、細い目に銀縁の眼鏡をかけた容貌に、勉強に対してあまりにもカリカリとしてるイメージがあいまって、女子の評判は良くなかった。
「あり得るね。陰険そうだし」と裕美が言う。
ガリ勉の秀才の名が出たことで、事を荒立てて自分の名がいっしょに取り沙汰されるのはイヤだと、美保はますます強く思った。
「あのさ、頼むから、絶対に後藤にも先生にも何か言ったりしないでね。私、あの本のことは、本当にもう諦めてるから」と美保はその場をおさめようとした。
その時、裕美がこともなげに言ったのだ。
「そうだ。私のをあげるよ。使ってないから」
「なんだー。裕美も持ってるの? よかったじゃん、美保。もらっちゃいなよ」と貴子が明るく言った。
「よかったねー。もう売ってないって言うから、私もちょっと必死になってたけど」と千鶴も安心したように頷く。
美保は、友だちのありがたさを感じるとともに、この件が落着しそうでホッとした。
翌日さっそく、裕美が暗記帳を持ってきた。
白いコピー用紙を折って作った簡易なブックカバーがついているのを取り外しながら、「はい、これ」と渡してくれた。
「ごめんね、本当にいいの? ありがとう、すごくうれしい」と美保は心から感謝した。俄然、やる気にもなった。
軽く口元に笑みを浮かべながら、裕美は席に戻っていった。すぐに一時間目が始まったが、美保はずっとうれしい気持ちのままだった。
しかし、二日後。
また暗記帳がなくなったのだ。
美保はもう、母親以外にはそのことを話さなかった。
その後ほどなくして、進路についての三者面談があった。話が終わって美保が教室に戻ったあと、美保の母親は担任教師に事件の経緯を話し、言った。
娘一人だけが、一度ならず二度までも、しかも同じ本を盗られるというのはどう考えてもおかしい、と。
美保は、母親がそんなことを教師と話したことを知らなかった。だから、これを受けて学校側がどうしたのかわからない。少なくとも、生徒たちが気づくような形での動きはなかったようだ。
その後また、教師と母親が話す機会があり、犯人が誰かという学校側の見解が母親に伝えられた。そして、盗られたのが金銭ではなく、また、その人物もそれ以降は何もコトを起こしてはいないので、できればここだけの話でおさめてほしいと言われたようだ。
美保がそれを聞いたのは、センター試験のあとだった。
***
「母が、何だったか忘れましたけど、センター試験が終わったころに、学校の悪口を言ったことがあったんです。その話の流れで、『あの事件だって、坂井さんだってわかっていたのに、内密にってウヤムヤにしたでしょ』と怒った勢いで口にしまして……」
「えっ!? 坂井さんって、誰ですか?」
犯人がわからないという話だと思い込んでいた私は、驚きの声を上げた。
「あ、裕美の名字が坂井なんです」
私はあまりの衝撃に言葉を失った。
そして、鳥肌をおさめるように両腕をさすってから言った。
「だって裕美さんは、最初になくなったあとに、自分の本をくれたんですよね?」
美保さんはすっかり気の抜けたビールを一口飲むと、静かに言った。
「そうなんですよ。私もまさかと思いました。でも、母は先生からはっきりそう言われたと」
最初に、ここで話しても真相がわかるもんではないかもしれないと言っていた意味を測りかねて、私は身を乗り出した。
「つまり、美保さんは、犯人は裕美さんじゃないと思っているってことなんですね。誰かほかに、心当たりが?」
「まったくないです」
「そもそも、どうして犯人がわかったんでしょう。学校が調査したってことなんでしょうかね?」
「調べたのかどうかわかりません。でも、母曰く、前にも坂井さんはそういうことをしたことがあるからって、先生は間違いないと確信して言ってるみたいだったとか」
私はとっさに浮かんだ疑問を口にした。
「その、坂井さん、つまり裕美さんがくれた自分の本って、まさか美保さんから盗ったものを返した、ってことじゃないですよね?」
「いえ。それだったら、私もわかります。くれたのは、まっさらにきれいな本でした」
わけがわからない。もしそうだったとして、何のためにそんなことをするのだろうか。
「村下さん、どう思います? 客観的に見て、先生の言ってること、ホントだと思います?」
客観的に見て……。
いや、出来事自体はどう見てもあまり普通ではない。あり得なくはないとしても、理由の説明が難しい。だが、先生の言っていることがどうか……となると自ずと答えは決まって来そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます