case6. ダメージの与え方(1)
彼女の第一印象は、とらえどころがないということだった。
一見、しっかりとして堅そうに見えるが、話すとおっとりとした印象に変わる。どこにでもいそうで、でも、一度会ったら忘れないような独特の雰囲気もある。それは表情だったり、しぐさを含めての立ち居振る舞いだったり。
彼女と会ったのは、夜。
昼間はそば屋をやっているという落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。マンションの一階にあるのだが、店内に入ると大きな窓の向こうにちょっとした中庭が見えた。外からは見えないように高い塀に囲まれているようだ。植木と積み上がった岩がライトアップされている。
「素敵なお店ですね」と私があたりを見回していると、「私も人から教えてもらったんです」と彼女は言った。
店内には、比較的年配の客が多いようだった。どのテーブルでももちろんお酒を飲んでいるのだが、騒がしくしてる人はいない。
私たちは、半分衝立てに隠れた席へ落ち着いた。
「私の話は、誰かに話したからって真相が明らかになるようなものじゃないとは思うんですけど、もうずーっと気になってて、一度吐き出してみたらどうかと思ったんです」
そこから話は始まった。
***
それは、美保が高校三年生の時のことだ。美保は仮名、以下すべての人物は仮名である。
最終学年に進級するにあたり、クラス替えがあった。
こういう時、美保は自分から積極的に友だちを作れるようなタイプではなく、たいてい成り行きのままに誰かとつるむようになるのがいつものパターンだった。そのせいか、出来上がった四人グループの面々を見ても、なぜこの四人なのかよくわからなかった。
おそらく、クラスの勢力争いの過程で取り残されたものたちが、適当にくっつき合った結果なのだろう。グループ形成の駆け引きとは無縁の四人という感じだった。
しっかり者の千鶴は、美大を目指している。三つ上に姉がいるせいか、一番大人っぽく、さばけているように見える。グループの中でも率先して行動するリーダーのポジションに自然となっていった。美保は、彼女がさらさらと描いて見せてくれる絵に、いつも感嘆の声を上げていたものだ。
お調子者の貴子は、美保と中学で同じクラスになったことがあった。その時はつるんでいなかったが、顔なじみということもあり、美保にとっては気安く接することのできる相手だった。リーダー格の千鶴の言うことに、いつも大げさに同調するのが見ていておかしかったが、気のいい明るい子だ。学校祭の時によそのクラスが催した模擬「クラブ」で、ノリノリのダンスをしていた姿は、今でも美保の記憶に鮮明に残っている。
そして、裕美。父親が中堅どころの医院を開業しており、お嬢様育ちのようだった。個人医院ながら入院設備もあり、通りすがりにその外観を見た時、美保は驚いた。想像よりはるかに大きく、「お金持ちなんだろうな」と思った。趣味でチェロを習っているところも、美保とは違う世界に住んでいるかのように感じさせる。
ここに、おそらく三人から見てちょっとおとなしそうな受け身の美保が加わり、四人でお昼を食べたり、選択科目時に教室をいっしょに移動したりするようになった。
チグハグ感は拭えないが、必ずしも衝突するような要素も見当たらない四人だった。
高校三年生と言えば、大学受験をひかえている。
千鶴は最初から美大と決めており、貴子は適当に短大にでも行くよ、と公言していた。裕美は希望をはっきりと言っておらず迷っているふうだったが、医者など医療関係に進むのだろうと美保は漠然と想像していた。
当の美保は四人の中で一番成績が良かったものの、親から厳命されていた地元の公立進学へ、合格確実というほどでもないギリギリのところにいた。
それなのに美保のお尻には、なかなか火がつかない。
「今年の三年生は、緊張感が足りない」とよく教師たちが言っていたが、確かに周りものんびりしているように見える。美保の成績も安全圏に定着することがないままに、最終的に進路を決める三者面談まであと一カ月というところまで来てしまっていた。
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