村下、プライベートで人に会う(2)

 気軽なお値段で長居できるところ、ということで、ファミレスが無難かな、と意見が一致した。まず駅で待ち合わせ、そのあと彼女が選んでくれた駅近くの店へいっしょに行くという段取りになっていた。


 駅に着くと、改札を出たところですぐに彼女を見つけた。目印と言っていた赤いベレー帽が人混みの中で目立っていた。

 紺色のアディダスのトレーナーに、足首まである厚手のニットの黒いロングカーディガンを羽織り、黒のパンツにコンバースを履いている。ややイメージと違う服装だったが、少し小柄で色白の彼女に似合っている。何より、若い! かわいらしい! と、私のテンションは沸き立った。まるで、有名人に会ったかのように舞い上がる。


 ここから、彼女の名前をペンネームのまま、キリコさんと呼ぶことにする。


 歩き出す前に軽く自己紹介をすると、お互い照れ笑いが止まらない。「赤いベレーかわいいですね」と私が言うと、「実は靴下も赤なんですよ〜」とキリコさんは裾をちょっと持ち上げて見せてくれた。「ちなみにこのトレーナーは、古着です」と付け加える。時々エッセイでファッションの話をしているからだろうか、事前のイメージと現実の照合をしてるみたいで楽しかった。

「暗い色に赤い差し色、いいです」と私が言うと、彼女は明るく笑った。


 ファミレスに着くと、私たちは店の真ん中に据えられた真四角のテーブルに九十度になって座った。これも彼女のエッセイで、真正面に座るよりも話が弾むよねと、盛り上がったことがある。


 注文を済ませてお互いにふと目が合うと、また照れ笑いをしてしまう。柔和な面立ちのキリコさんが笑うと、目尻に人懐こそうな筋が現れ、いっそうチャーミングだ。


 私は彼女のバッグについているポンポンチャームに気づき、「あ、ハンドメイドのヤツだ〜!」と言うと、そうですそうですとバッグを取り上げて近くで見せてくれる。手作りなのに精巧な仕事だ。キリコさんがそれをインターネットで売っていることはエッセイで知っていた。

「やっぱり売るとなると、レベル高いですね。私が昔、趣味でやってた手芸なんて、まったくのガラクタみたいでしたよ」と、感心しながら軽く手で触ってみる。やはり実物を見ると興奮する。

「実は、一つ差し上げようと思って、持ってきたんです。こんな色ですけど、よかったですか?」と、キリコさんはバッグの中からリボンのかかった透明な袋を取り出した。中には、エッセイの中で大好きだと言っていた、深い緑色のポンポンチャームが入っている。

 私はすっかり恐縮するとともに、その心遣いに感激した。

「え、売ってるものをもらっちゃっていいの? すごくうれしいです」と言って、さっそく自分のバッグにつけてみた。形はポップなのだが、落ち着いた色のせいか大人っぽい。大事に落とさないようにしよう。


 それからは、いつもコメント欄でやり取りしているように、テレビドラマの話、映画の話、本の話、音楽の話、料理の話、そしてキリコさんの息子さんの話など、機関銃のようにしゃべりあった。もちろん、すっとこどっこいな話も。


 キリコさんのちょっとしたが、私のツボにハマる。私が気に入っているのは、息子さんが幼稚園時代、お迎えの帰りに寄ったスーパーで、幼稚園バッグをカートに置き忘れて取りに戻ったことが何度もあったという話。よくありそうな話だけど、というところが絶妙に可笑しい。

 それから、ベランダに置いていた息子さんの自転車を、室内に取り込んでから玄関へ運び、外に出した時の話。さんざん外で自転車で遊ばせて、帰って来たらベランダのカーテンも窓も全開のままになっていたという。わかるなぁと思いながら、それを発見した時のキリコさんの気持ちを想像すると可笑しくてたまらない。


 日々がんばっているお母さん。すべてに完全に目と意識を行き届かせるなんて無理だ。そんなすっとこどっこいがある日常の方が、適度に道があって楽しいと思うのだ。完璧を期して張り詰めていては、身が持たないだろう。


 おっとりとしてやさしい雰囲気を持った目の前のキリコさんは、彼女が作るポンポンそのものみたいだなと思う。丸くて、あたたかい。それでいて、笑うとポンポンさながらに元気に弾みそうなのだ。

 この日も、そんなキリコさんといっしょに弾けられる話題で、大いに盛り上がった。


 私たちは二人とも、駅の階段の段々の途中に正座したことがある。キリコさんは落ちる時に正座のまま段々を落ちたといい、私は踏み外した勢いで数段飛ばして正座で段々の上に着地していた。


 そんなような共通点がいくつもあった。

 ほかにもたとえば、舞台イベントの場合。出演者が観客の中から誰かを選んでステージに上げて盛り上げようとする演出はよくあるが、そういう時、私たちはイヤだイヤだと思えば思うほど、選ばれてしまう。彼女は民俗芸能の踊りのステージにワッショイワッショイされ、私はミュージカルのステージで、あからさまに下を向いて目を合わせないようにしていたのに手を掴まれ強引に引っ張られ、死ぬ気で足を踏ん張って固辞した。相手は呆れたような哀れむような表情をしてから、違う人を探しにいった。


 こういうのを私は「引き寄せ体質」と自分で呼んでいたが、キリコさんも相当だ。私たちは、絶対に宝くじには当たらないのに、貧乏くじには当たりまくる。


 私はかろうじて実際にステージに上がらずに済んだけど、キリコさんは上げられてしまった。その違いは、私よりもキリコさんの方が潔いから? それとも、やさしいから? いずれにしても、キリコさんを見たら、やっぱり私でも彼女を選んでしまうかもしれないと思った。こちらを助けてくれそうな感じがするのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る