村下、プライベートで人に会う(1)
「あなたのネタ、買い取ります」サイトを開設してから、1年半が経った。
この間、予想以上のアクセスと、ネタの応募があった。その中で、ネタ提供フォームからの送信を受け取った段階で「ごめんなさい」したものが約八割。残り二割のうち、メールのやり取りだけの取材で話が済んで薄謝を進呈したものを除くと残りは十六件だった。それらは私が直接会って取材させていただき、買い取り金をお支払いした。
即ボツにならなかったもののうち、正式採用となり追加の支払いをしたものは一件。直接取材かメール取材かにかかわらず、うちの作家先生が小ネタとして挿入、あるいは部分的に取り入れたと思われるものはおそらく三件だ。
私から先生へと上げた際にはっきりと不採用と言われたものと、未だ宙に浮いているネタは、古いものから順に私が時々見直している。そして、その時に直感でこれだと思ったものをフィクションにして昇華、つまり私なりの弔いをしたのは今のところ五件だ。
ネタの提供は圧倒的に女性が多い。女性は生来、自分のことも含めて何かを人に話すのが好きというタイプが多いこともあるのだろうが、ネタのキャッチ能力が高いというのか、細かいことをドラマチックに受け取る感受性が豊かというのか、そういう面で男性に比べてネタ提供に向いているのかもしれないという気もする。
ネタ集めのサイトは、そこそこ満足いく結果を出していると私は思っている。時々シリアス過ぎて戸惑う話もあるが、やってよかった。
直接話を聞いたものは、記憶も鮮明に私の中に残っている。今どうしているのか、私も時々登場人物たちのリアルのその後へ思いを馳せている。
一方で、私は個人的な興味で、無料の小説投稿サイトを覗いていた。いわゆる読み専で、最初は一般の人たちの間でどんな小説が書かれているのか読まれているのか見てみたいという動機だった。
紙の本は出版業界のプロたちが売れると見込んで出しているものだ。売れる=人気があるというのは、間違いではないのだろうけど、人気を集めていても公式に世に出ていないものや、無料ならと読まれている作品の様相が見てみたかった。
面白い発見だったのは、サイトでの読者間の評価は必ずしも作品の質と関係ないケースがままあることで、埋もれている低評価の作品の中にきらりと光るものがあったりするのだ。たとえば、うちの作家先生の名前で出版すれば、確実に売れるだろうと思えるものもあった。知名度はかなり重要な要素だ。あとは運。
最初は登録もしていなかったのだが、ある時、ちょっと惹かれるユーザーを見つけ、コメントを書きたくなった私は会員登録をした。
惹かれたのは、小説ではなかった。その時の彼女はエッセイを書き始めたばかりで、評価数のまだ少ないものを好んで漁っていた私は、数値の低さとタイトルに惹かれて開いてみたのだった。
おかしな話かもしれないけれど、自分のことを「すっとこどっこい」と言ってる女性を、私は初めて見た。そんなところも、惹かれたポイントだったのかもしれない。
エッセイはその後、みるみる評価数を伸ばし、小説も書き始めた彼女は人気ユーザーになっていった。恋愛がテーマの作品が多く、実体験がどの程度含まれるのかはわからないが、基本的には自分の好みや理想を書きたいと表明している。どの作品もヘンにプロっぽくないところが逆にリアリティを感じさせる。そして、読者の心をくすぐるような独特のちょっとした仕掛けが、不意打ちのように随所に散りばめられている。文筆活動に向けて修業を積んでいたというような様子は見られないので、おそらく天性のセンスがあるのだろう。
しかしそれ以上に私は、エッセイで垣間見られる彼女の愛らしい性格や、そこでの正直な心情の吐露を好ましく思っていた。飾らない、自然体の魅力と言ったらいいか。また、コメント欄の交流における彼女の気遣いから人柄の良さにも感心し、すっかりファンになっていた。
そして、こう見えて私も相当なおっちょこちょいだ。そのせいか、おかしなことに巻き込まれることも多く、彼女には大いに親近感も抱いている。そんなわけで、自称すっとこどっこいの彼女に、無性に会ってみたくなってしまった。
これはきっと、私にとっての息抜きなのだ。取材では脂っこい話を突き詰めることも多い。その反動だろう。
立場上、あまり小説の方には踏み込みたくない。それでは仕事みたいになってしまう。なんなら素性を明かすことなく、ただ、一介の読者としてエッセイそのままの彼女と他愛ないおしゃべりをしてみたかった。
コメント欄などで仲良くなっていた私は、彼女に面会を持ちかけてみた。すると快くSNSのアカウントを教えてくれ、連絡を取ることができた。幸い、お互いの住む場所は電車で一時間半程度の距離であることはわかっていた。
そうして、彼女に会う日がやってきた。よく晴れた日曜日だった。
私は半分ワクワク、半分ドキドキした気持ちで、彼女の住む街まで電車で行った。お互いの内面はある程度わかっているつもりだけれど、見た目はわからない。昔の文通みたいだ。これが男女なら、会ったとたんにガッカリもあるのだろうけど、女同士はその心配はないと思いたい。それでもやっぱり、ドキドキしてしまう。
彼女の方がかなり年下のはずだ。インターネット上のやり取りはしてきたが、リアルでは知らない年上女性とよく会う気になってくれたと、今さらながら私はありがたい気持ちになっていた。
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