case5. つきやぶる!(6)
珠子は足をバタバタさせた。
その太ももを抑えるように、晃が下半身に手を伸ばす。そして、そのまま珠子のスカートをたくし上げた。
珠子はもう動けない。何も考えられなかった。
こういう状況を作ってしまったのは自分なんだ。自業自得だ。
放心し、抵抗しなくなった珠子の下着を、晃は自分の身をずらしながら片手で引き下ろすと、珠子の両脚の間に体を入れた。そして乱暴に自分のデニムと下着を脱ぎ去ると、珠子の両脚を持ってひざを立てさせた。
「生理、いつだったの?」とささやくように訊かれて、珠子は耳を疑った。晃を睨みつけると、「ごめん、大事なことだから」と真摯なまなざしを返してくる。わけがわからず、「終わったばかり」と答える。
露わになってるらしい自分の下半身が心許ない気がして、珠子はさらに緊張した。
晃はブラウスの上から珠子の胸を両手でやさしく包み、何度か上下に揺すった。ほどなく体が重ねられ、吐息が無表情の珠子の頬にかかる。晃の右手が珠子の腰のあたりをさまよったかと思うと、指や何かが珠子の中心に押し付けられた。何が何だかわからないが、痛い。とにかく早く終わってほしい。
次の瞬間、皮膚が引きちぎられるような鋭い痛みを感じて、珠子は目をギュウとつぶると同時に、体の芯に力を込めた。
「力を抜いてごらん。その方がラクだから」と耳元で晃がささやく。
珠子は、早く終わってほしい一心で、力を抜こうとする。が、再び激痛が襲い、体が硬直してしまう。晃は一人でなおも格闘していたようだったが、そのうち身を離した。
仰向けに床に転がって、近くに散らばっていたチラシの束を掴むと、晃は自分をあおぎ始めた。
珠子がおもむろにそちらを見ると、晃の額が汗で光っていた。突然、顔だけこっちを向ける晃。珠子は慌てて視線を天井に戻した。
「ずるいな、全然、汗かいてないじゃん」と言って起き上がると、晃はシャワーを浴びにいった。そして戻ってくると、「よかったら、たまっちも」と言った。部屋に、石けんのいい匂いが漂っている。
珠子はまだ、ぼんやりと横たわったままだった。スカートは戻していたものの、まだ下着をつけていないことに気づいて赤面した。
晃は珠子の手を取って起き上がらせ、そっと横から抱き寄せた。力を込めると、たくましい腕が珠子の胸に押し付けられる。
晃は「ごめん、初めてだったんだね」と呟いた。
珠子は突然晃を振りほどき、カーペットの上にだらしなく落ちている下着を引っ掴むと、「トイレ借りるね」と歩き出した。
しみる。体の奥にまた、鋭い痛みが走る。そして、白い便器にわずかに血が滴った。
身支度を整えて、珠子は晃のところに戻った。
体育座りをしていた晃はそのまま珠子の方に向き直って、「ごめん、俺もまだ二回目で。ヤバかったね」とちょっと笑いながら、無為に体を揺らした。
「ヤバいって、何?」と、ぶっきらぼうに珠子は訊く。
「もうちょっとうまくやれると思ってた」
「帰るね」と珠子は突然荷物を持って立ち上がると、玄関へ向かった。
「え。泊まってかないの!?」
晃が慌てて追いかけるが、「なんか、自分の布団で寝たくなったから」と言って、珠子は部屋を出てきた。
どれくらい歩いただろうか。
辿り着いた繁華街には、まだ賑わいの余韻が残っていた。雑居ビルの前にタクシーが停まっている。珠子は一台に乗り込んで、自宅の住所を告げた。
翌朝、なかなか起きて来ない珠子に、母親が声をかけにきた。
「まだ寝てるの? ごはんどうする?」と言いながら、ドアを大きくノックする。
その音で目を覚ますと、珠子は「もうすぐ下りる」と返事をした。カチャリと音がしてドアが開き、母親が顔を覗かせた。
「ずいぶん遅かったみたいね。もしかして、初のお酒、飲んじゃった?」
「あ、うん。ちょっとね」と布団から顔を出して返事をする。
「大人〜!ってヤツだね、ふふふ」と言いながら、母親はドアを半開きにしたまま行ってしまった。
その後ろ姿を見ていた珠子は、急に勝ち誇った気持ちになった。
お酒なんかじゃない。私がゆうべ初めて体験したもの、それは男だ。
カーテン越しに日の入った室内を見回すと、何もかもが輝いて見えた。
天井が取れた感じ。世の中が塗り直された感じ。何かから解放されたような感じ。
何だろう? 人より一段高いところに昇った気がする。さっきは、母親さえも自分より下にいるように見えた。そして、昨日までの自分はどこかへ消え去り、新しい世界に新しく生まれ出た心地がする。
壁に貼られたアイドルたちのポスターや団扇や、飾られた数々のグッズ。それすらも、色あせて見えた。
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