case4. 代理戦争(4)
世間とはわからないものだ。
それでも、彼のコンサートは全国どこへ行っても満員の大盛況。今や、最もチケットの取りづらいコンサートとして有名だ。サキはその後、自身もう二度目となるコンサートへも行くことができたが、まだ一度も行けてないファンが大勢いる。ふだんクラシックを聴かないような友人知人でさえ、サキが二度も行ったことをうらやましがるほどの人気ぶりなのだ。
そうだ、タレントならタレントでいいではないか。彼には「タレント」=才能がある。彼はそれで、人を感動させられるのだ。聴衆は対価としてお金を払う。それの何がいけないのか。
アイツだって、イヤなら二度とコンサートに行ったり、健人の演奏を聴いたりしなければいいだけの話だ。そうすれば、あんな不愉快な記事をわざわざ人目に触れさせずに済むだろう。
そして、私ももう見なければいいのだ。
しばらくの間、サキはインターネットで健人を検索するのをやめた。
その後、二カ月も経っただろうか。
サキはそろそろ新たなCDがほしくなり、久しぶりに新譜情報をあさってみた。出せば売れるということで、これまでもいろんな切り口で再編された健人のCDが多数出ていた。そして、ふと、やっぱりあのブログが気になってしまったのだ。それはすぐに見つかった。
驚くことに、また新たに健人について書いた記事が載っていた。あんなにけなしていたのに、サキも行ったコンサートに、性懲りもなく彼も行っていたのだ。
もちろんサキはその時も、健人の演奏に酔いしれ、今でもその心地よさを自分の中に再現できるくらい感動したのだったが、彼は今度は嘲笑するようなトーンで批判を並べ立てていた。それがまた、いやらしいほど皮肉っぽく、人目を引く記事としては憎らしいほど成功していた。
「もしかすると、前回はたまたま調子が悪かったのかもしれないと思い、多少期待して行ってみたが、やっぱり無駄だった。もうあれが今の桜庭の実力の限界なのだ」
最後はそう、締めくくられていた。
今度こそ、サキは猛烈に頭に来た。
なぜ、また行ったのか。そして、なぜ二度も彼を貶めるのか。もちろん、そんなことは彼の勝手なのだが、サキにはどうしても許せなかった。
一方、以前の記事には、続きのコメントもあった。ブログ主おすすめの演奏を聴いてみた若い女性が、「この前紹介してくださった動画を見たら、桜庭さんの演奏と全然違いました。これが本当の○○なんですね。よくわかりました、ありがとうございます。これからも、こちらのブログでいろいろ勉強させてください」などと書いている。
そして、得意げな返信。
「いえいえ、こちらこそ、さっそくお聴きいただき感謝です。こんなブログでよければ、ぜひ、参考になさってください。
あなたのような素直な方ばかりならいいのですが、私が桜庭を批評すると、あからさまに牙を剥いて来る人が多くて困ります。私は、少しでも多くの方に、本当のクラシックというものを知っていただきたいだけなのですが(笑)」
もう我慢がならなかった。コイツは何者なのだ。偉そうに!
サキはパソコンを叩き割りたいような衝動を抑えながら、どうしてくれようかと考えた。
彼をどうにかしてねじ伏せたい。この気持ちが冷めないうちに、今すぐ、宣戦布告だけでもしておこう。でも、最初から怒りをぶつけてしまうと、かえって相手にされないかもしれない。まずは冷静にだ。
「こんにちは。いつも楽しく読ませていただいています。クラオタさんは、かなりクラシックにお詳しいようですが、ご自分でもピアノなど弾かれるのですか。もしそうなら、どのへんまで勉強されたのでしょうか。得意な曲は何ですか。よかったら教えてください♪」
これで、どうだ。サキは投稿ボタンを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます