case3. 人身御供(4)

 ケイコは焼き鳥をほおばりながら、しみじみと言った。

「ホントにねぇ。私、そういうのメンドくさいっていうか、苦手っていうか、気にはなったんだけど、それきりにしちゃいまして」。舌を出してみせるケイコを、エリはたしなめるように言った。

「もうベテランなんだし、そろそろ後輩の面倒も見るくらいのことしなくちゃ。組織って、そういうもんでしょ」

「はいはい。すみませーん」とケイコはおどけながら、ぐびぐびとビールを飲み干した。


 数日後。ケイコは森山を誘ってランチに行った。

「どしたんすか? ケイコさんに誘われるなんて、ちょっとこわいんですけど」

 注文をし終わると、森山は不審そうに言った。

「山下さん、なんで辞めたか知ってる?」

「あぁ、実家の都合とか言って、次の日からもう来なかったっすよ」

「そんな突然だったの? 実家の都合って、何?」

「さあ、知らないっすよ。最近、ずっと様子も変だったから、けっこう深刻な何かあったんじゃないっすかね」

「んもぅ、なんで知らないの!? いっしょに仕事してたんでしょ!?」

「いやいや、だって、俺にそんなプライベートなこと話すと思います? こっちも訊かないし。仕事だけやってくれればいいんで」

 スープが運ばれてきた。二人ともしばし無言でスープに取り組んだ。


「川野さんがいれば、なんか相談したりしてたのかもしれないけど。川野さんが辞めたあとは、けっこうさびしそうにしてたような。社長にも、このごろよく怒られてたし」と、あっと言う間にスープを平らげた森山は、ナプキンで口を拭いながら言った。

「そうそう、それよ。なんで怒られてたの? 仕事が、アレだった?」

「それが、俺にはさっぱり。最近やってた仕事、社長が持ってきた案件で、俺からもちょくちょく社長に経過報告してて、別に問題なかったんすよ。デザインの方は途中で社長が見てて、何かあったのかもしれないけど、できたのが俺のところに上がって来る時には何も問題なしだったから、それ以上のことはわかんないっすね」

「んもぅ、頼りになんないなぁ」

「いやいや、問題ないのに、これ以上どうしろと!?」


 その夜、報告会と称して、ケイコはまたエリを飲みに誘った。乾杯のあと、エリはさっそく前のめりになって訊いた。

「で、なんかわかったの?」

「実は、さっぱり。山下さんの退職理由、実家の都合だって。わかったのは、それだけ。親兄弟に何かあったのかなぁ? 言ったのも、辞める前日だったんだって」

「おぉ、そりゃまた、ただならぬ感じだねぇ。でも、これ以上はもうわからないか。怒られてた件は?」

「それも、森山くんじゃどうしようもなくて。自分的には問題なかったからって。社長って、制作物の出来にはちょっとうるさいとこあるから、肝いりの仕事でピリピリしてたのかなぁ」

「じゃあ、結局、リストラじゃなかったってことだね」

「そう、そこ重要。たぶん、そうじゃないと思う。”明日は我が身”じゃ、おちおち仕事してられないもん。ちょっとホッとしたよ」


 しばらく料理を堪能することに集中したあと、ケイコが訊いた。

「エリの方こそ、なんで最近、社長と会ってないの?」

「うん、もうずっとあちらからは誘ってくれないんだよね。たまにこちらからお誘いしてみるんだけど、忙しいみたいで、ほとんど。本当は、また話したいんだけどね」

「でも、社長、だいたい定時で上がってるみたいだよ」

「そうなの? じゃあ、それって、やっぱり男!?」とエリはふざけて見せた。


 ビールのお代わりのついでに、料理を追加しようと二人はメニューを開いた。

「がっつり、お肉系行っちゃう?」というエリを無視して、突然、ケイコが言った。

「そうだ! さっき言うの忘れたけど、森山くん、役員になるらしい」

「え!? なんで?? 順番から言ったら、ケイコか高橋さんじゃない?」

「順番も何も、なんで今? って話でさ、しかも、それ必要? って感じじゃない?」

「ケイコに相談なしだったの?」

「あのね、私と社長は、そんな仲良くしてるわけじゃないから。飲みに行ったのだって、エリと三人で行った時しかないからね」

「いや、そうだとしても、社内で、昼間に、普通に話せるでしょ」

「そんなの、今までだって、そんなにないよ。それに私、打診されても断ると思うし、社長も察してたんじゃない?」

 そのあとは、他愛のない話をしてお開きになった。


 しばらく平穏な日々が続いた。イロハ事務所の四人体制も、慣れてみればケイコにとってはむしろ心地いいくらいだった。仕事量からしても、適性な人数と思われた。

 そんなある日、珍しく高橋がケイコをランチに誘ってきた。二人は仕事で組むことはほとんどなく、内向的な高橋とはもともと話す機会も少なく、ましてプライベートなつきあいもなかった。

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