case3. 人身御供(2)
エリはこれまでに、ケイコから田中のことを少しは聞いていた。バツイチで子供はいないこと、中堅の制作プロダクションから独立したこと、その時にケイコともう一人、高橋という女子社員をいっしょに引き抜いてきたことなど。
「なかなか絶妙な人選だったと思うよ。私はこんなだけどイラストが描けるし、高橋さんは手堅いデザインができて、そこそこセンスあるし、すごく真面目で、何でも『はい、はい』ってやるタイプなのね。この三人がそろえば、当面、だいたいのことは賄えたからね」
田中率いる自社のことを、ケイコはそう言っていた。
やり手の女社長。エリは漠然と近寄りがたいイメージを抱いており、その日、初めて田中に会った瞬間もその風格に気圧されたのだが、世間話をしてるうちにみるみるイメージが変わっていった。むしろ気さくで明るく、話も面白く、田中の仕事への情熱など知るにつけ、エリはすっかり心酔してしまった。
後日、エリはケイコにこう言ったという。
「田中社長って、ほんとカッコいいよね。私、初めて、将来こうなりたいっていうモデルを見つけた気がする。上の世代の女性に、なかなかそういう人いなかったもの」
「まあ、私も前の会社にいたころから、社長の仕事は尊敬してたよね。だから、新しい会社に誘われた時も、即答で『ついていきます!』ってなったわけ。尊敬する人に評価してもらえたって、やっぱり正直うれしかったし」
「ついてきて、正解だったね」
それからしばらくして、ケイコは業界団体が主催する勉強会に講師の一人として招かれることになった。団体幹部として名を連ねる田中の推薦だった。毎週金曜日の夜に90分の講座を受け持ち、それ以外の日も仕事の合い間に準備をするため、いきおい多忙な毎日となっていった。
一方のエリは、相変わらずケイコに仕事を依頼していたのだが、打ち合わせが終わってそのまま飲みに繰り出すパターンはケイコの都合で激減。その代わり、田中と二人で食事に行くようになった。仕事や人間関係や恋愛の相談、業界のうわさ話、時には時事問題を真面目に議論するなど、エリにとって田中との時間は、かけがえのないひとときになっていった。田中がエリに、イベントの仕事を紹介してくれたこともあった。
二人は、端から見ると年の離れた仲良し姉妹のようだった。
そんなある日、午前中から仕事の打ち合わせをしていたエリとケイコは、その流れでランチに出かけた。二人で外で話すのは久しぶりだった。
「この前さ、田中社長と二人で占い行ったんだよ。○○通りの奥の」
「えぇ!? 何それ。社長が占い? 意外〜」
「社長の方から行こうって。でも、何を占ってもらったのか、絶対に教えてくれなかったんだよね」
「それ、あやしいね。男のことだったりして!」
「いやー、どうだろう。最近いろいろプライベートな話もさせてもらってるけど、そういう気配はまったくないよ?」
久しぶりなせいか、話は尽きなかった。
「そういえばさ、社長の離婚の理由って、さすがに私からは訊けないんだけど、ケイコ知ってるの?」
「いや、詳しくは知らない。けど、そんな特別な理由じゃないみたいよ。性格の不一致とか、生活のすれ違いとか、よくあるヤツじゃないかなぁ」
「ふーん、そうなんだ。あんな素敵な人なのに。逆に素敵過ぎて、釣り合う男の人もなかなかいないのかな?」
「離婚したあとしか知らないから、どんな旦那さんだったかもわからないけど、確かに社長に合う男性って、あまり想像つかないかもね」
食後のコーヒーが運ばれてきた時、ケイコが話題を変えた。
「そうそう、川野さん、辞めるんだって」
「えー!? いい子なのになぁ、残念! てか、なんで?」
「私も忙しくて、最近、社内事情に疎くて、あんま詳しく聞いてないんだけど、仕事だか会社だかに向かないとか言ってるみたいな?」
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