case2. たった一度の嘘(2)

 英子は緊張した。AとBが得意げに訴えるように話す和子のを聞いているだけで、その場のただならない雰囲気に落ち着かない気持ちになっていた。まるで、罪を犯したのが自分であるかのような錯覚さえ起こしそうになっていた。

 私は何もしていない。やったのは和子だ。先生はそれを確認したいだけなのだ。

 頭の中で、自分の立ち位置を懸命に確認し、言い聞かせた。そして、英子が口を開くと、自分でも驚くような言葉が出ていった。


「私は下敷きを盗られました」


 言いながら、英子の頭に映像が浮かんできた。自分のキャラクター模様の下敷きが、確かに和子のカバンの中に入っている。

「和子のカバンに入っていたから、返してって言ったら、最初は自分のだって返してくれなかったんだけど、バッと取って名前を見たら、やっぱり私のでした」


 そこまで一気に言い終わって、英子は快感のようなものを覚えたと言う。何かを達成したような、その場を切り抜けたような。すべきことをしたというような、スッキリした気持ち。と同時にホッとして、それ以上何も考えなかった。


 そのあと、教師が三人をおいて、部屋を出て行った。誰かが「和子、認めるかな」と言った。英子ともう一人は、さぁ、と首を傾げた。沈黙が続いた。


 ガラッとドアが開き、教師が和子を連れて入ってきた。英子たち三人に向かい合うように、教師と和子が並んで座った。教師は、先ほど聞き取った話を和子に伝えた。「みんな、そう言ってるけど、和子さんはどう? 間違いない?」

 和子はしおらしい態度で三人を見て、意外にもあっさりと「ごめんなさい」と言った。目にはみるみる涙があふれてきた。そのあとが、英子にはショックだった。

「でも…AとBのは盗ったけど、英子の下敷きは知りません!」と突然語気を荒げて言い放ち、ものすごい形相で英子を睨んだのだ。英子が驚いて彼女を見つめると、和子は机に突っ伏して激しく泣きじゃくり始めた。


 英子は血の気が引いた。そうだった。私は何も盗られてないのに、その場の雰囲気にのまれて、何か言わなければならないと思ってしまったのだ。そして、いとも簡単に、ありもしなかった出来事が口から出てきた。何秒も考えなかった。気づいたら、言っていた。


 あれは、まぎれもない「嘘」だ。私は、嘘をついて、クラスメートの罪を作り出したのだ。


 その事実に内心はすっかり動転した英子だったが、あとには引けなかった。いや、引けないと意識したわけではないが、嘘を認めて謝るという選択肢もまったく浮かばなかった。何かが英子に、嘘を押し通すことを命じているかのようだった。


 「本当です。下敷きが和子のカバンに入ってました!」


 英子はそれだけ言うと、下を向いた。それを聞いた和子は、机に突っ伏したままの体勢で一度だけ体を揺らしたが、顔は上げずに泣き続けていた。

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