第24話

 デューカリオンの月。

 新たに魔法学院に獣人の血を引く者が素性を偽り、平民として入学。

 二週間後の夜、同学院に通う生徒たちに暴行を働いたが生徒会長アルベルトと生徒会、有志の生徒たちにより犯人を鎮圧、拘束した。

 同時に学院に向かって魔物たちの侵攻を確認。生徒会長アルベルトの英断により、これを退けるも犯人は魔物たちと逃亡。

 明朝、調査の為に学院に向かった騎士団が無数の魔物たちの死骸を発見。損傷、欠損が激しく、共に居ただろう犯人の生死は不明。

 観測班の遠見により魔物たちの動向は監視されていたが、突如として起こった視界の乱れの為、有力な情報は得られなかった。同時刻に王都で無数の目撃証言のあった『太陽の落下』の真相と関係性も含め、調査を続行する。


 ──事件から二日後。生徒会室に呼び出された私とセシルは、アルベルト様からそんなことが書された記事を手渡された。

 王宮から王都の記者に通達され、発行された内容だそうだ。つまりはそういうことになったらしい。


「プーカの身柄は秘密裏に騎士団で保護しています。魔物の襲撃のせいであまりに事態が大きくなりすぎてしまいましたから。行方不明という形にしておいた方が何かと都合が良い」

「その、プーカさんの様子は?」

「今は取り調べの真っ最中ですが、彼女は人間の母親に育てられ、自分に獣人の血が流れていることも知らなかったようです。あの夜の事も覚えていないようでした。学院を志したきっかけはその母親の薦めということで、今は彼女の故郷の母親の調査も並行して行っています」

「それが終わったらどうなるんですか?」

「彼女が被害者であったとしても、僕たちの他に目撃者がいる以上、学院には戻れないでしょう。暫くは信頼できる者の領地で保護し、彼女自身と交渉して決めていくつもりです。魔物を呼び寄せた彼女の力を研究すれば、魔物の脅威から人々を守ることが出来るかもしれませんから」


 セシルも言っていた通り、プーカさんは学生は続けられなくなってしまった。

 それでも犯罪者として捕まえられないだけ、アルベルト様の対応は温情なのだろう。

 僅か二週間足らずとはいえ、同級生としてはやるせないけれど。


「これは既に耳にしていると思いますが、あの香水店は摘発、ルーナも捕らえました。あんなことがあった後で泳がせておくわけにもいきませんから。こちらも取り調べの最中ですが、知らぬ存ぜぬの一点張りで長引きそうです。何か弱味を握られているのか、まさか本当に何も知らないわけではないでしょう」


 事件のあった翌日にはプーカさんの件よりも早くモネの香水について王宮から発表があった。

 それにより私とフェリアを含め、あの香水店で取り扱われている商品は全て王宮へ提出するよう命じられた。

 また会員制の為、会員リストに名前がある者に話を訊くことになっているという。

 その発表がされてすぐ、私とフェリアはエルザ様から謝罪された。気にしないでほしいと二人で慌ててそれを受け入れたが、ルーナさんと親交が深かっただろうエルザ様の心情は察するに余りある。それでも毅然とした態度を崩さないのは彼女が公爵令嬢だからだろう。

 アルベルト様たちとの関係を明かすわけにはいかない私は、エルザ様に慰めの言葉を掛けてあげることも出来ない。私は事件の中心にいたようでいて、実際にはどこまでも蚊帳の外だった。


「ともあれ、表面的な問題はこれで解決です。ご協力に感謝します、レイラさん。危険な問題に巻き込む形になってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、そんなっ。私は何も……」

「大事を取って安静にさせているアデルも感謝していました。おかげで肩も大事なく、すぐにでも復帰できるでしょう」


 特別な何かをしたわけじゃない。自分を卑下するわけじゃないし、アデル先輩やセシルの治療に協力できたことは功績と呼べるのかもしれないけれど、アルベルト様に、王子様に! 頭を下げさせるほどのことではない。というか田舎の男爵令嬢という立場からすると、心臓に悪いので頭を上げていただきたい……。


「セシル、あなたにも感謝しています」

「感謝してるってんなら言葉じゃなくて態度で示してもらいたいもんだ」

「ちょっとセシルっ」


 傲慢にそんなことを言うセシルを肘で小突くいたが効果はない。

 アルベルト様は溜息を吐いて、僕に出来る事ならと受け入れてしまった。


「こっちに来てから使い走りばかりで、まるで研究が進められない。少しは休ませろ」

「あなたを自由にさせておくことを不安に思う僕らの心情も理解してもらいたいものですが、分かりました。レイラさん、あなたにも僕に出来る範囲で功績に報わせていただきます、何か望むものがあれば仰ってください」

「……それなら」


 謹んで辞退させていただこうと思ったけれど、元々お願いしたいことがあったからこれに便乗させてもらおう。


「エルザ様のお話を聞いてあげてもらえませんか。出来るならもう一度ルーナさんと会わせてあげてほしいんです」

「分かりました。やはりお優しい方ですね、あなたは。魔女ならぬ身でモネの花の成分を抽出した彼女の才能は幽閉しておくには惜しい。エルザを通して説得出来るのなら僕らとしても望むところです」


 あっさりとアルベルト様は私のお願いに頷いてくれた。

 こんな形で二人がお別れになるなんて、友達セシルリアにも会えず、ルーナさんとも離れ離れになるなんて、あんまりじゃないか。たとえ罪を犯したとしても、生きているのなら会わせてあげたいのだ。あのお店で見たお二人は、公爵家を飛び出しても確かな絆で結ばれているように見えたから。それこそ、まるで仲の良い姉妹に見えるぐらいに、なんて私の想像でしかないけれど。


「それから王宮の方にはレイラさんの功績に報いるように伝えてあります。学生の身とはいえ、勲章の一つは贈られるはずです」

「ええっ!? そんな、それは恐れ多いというか……」

「どうか受け取ってください。あなたには不要のものかもしれませんが、王宮としても名誉で報いなければ示しがつかないのです」

「……そういうことでしたら、謹んでお受けいたします」


 原作のレイラが贈られることのなかったものを受け取るのは気が引ける。原作にはなかった出来事だけど、私は原作以上のことは何もしていない。治癒魔法の習得だけは早まった、だけどそれだってもしも今回の事件が起きていたなら、原作のレイラの覚醒もきっと早まったと思う。

 ……まあ原作ではルートによっては勲章どころか未来の王妃になると思えば、比べるべくもないと諦めて受け取っておこう。お父様たちも喜んでくれるだろうし。


「セシルも望むのなら進言しておきますが、いかがです?」

「いらん」

「そう言うと思いました」

「王子様の言葉とはいえ、どうせ却下されるのがオチだろ。それに変な奴らに目をつけられるのは御免だ」


 あの夜、セシルは傷どころか汚れ一つない姿で帰ってきた。

 講堂の窓からでさえ分かった、天災のような光景。魔女の弟子、その実力の片鱗を垣間見た瞬間。

 それを誇るでもなく、なんて事のないように為したセシルの背中は遠いと改めて思い知らされた。そんなセシルを見返して、認めさせることなんて出来るのか少し不安になる。

 だけど、そんなセシルなら原作のセシルリアのような悲劇の運命を辿ることはないだろう。




 ◇◆◇◆




 魔法学院に入学して二週間。

 四年間の学院生活は始まったばかりだけど、この二週間は前世を含めても今までにないくらい濃くて、衝撃が連続した二週間だった。

 前世の記憶を取り戻してから一年。記憶を取り戻す以前の記憶だってしっかり私のものとして残っているのに、それでも思い通りに動く手足があって、自分の意思で空気が吸えて、声を出して──まるで夢を見ているような心地だった。

 だけどようやく、この世界で生きている実感を取り戻せた気がする。

 こうして全身を撫でる心地の良い風を浴びることにも慣れていたはずなのに、今はそれが今まで以上に心地良い。

 原作がどうとか、将来がどうとか、そんな皮算用を立てていたのが馬鹿らしくなってくる。

 そう思うようになったのは、そう思わせてくれたのは、間違いなく彼女のおかげだろう。

 どこか宙に浮いていた私の心を、彼女の言葉ががつんとこの世界に叩き落としてくれた。


「セシル」


 擦り切れたマントを羽織った背中に呼びかける。

 振り向く横顔は相変わらず無表情で。最初は知識とのギャップに驚いたけれど、今となってはすっかり見慣れてしまった。


「ありがとうございます」

「……? なんのお礼だ?」


 それに無表情のようで、案外話しかければ色んな顔を見せてくれる。

 私は全ての顔を知っているわけではないんだろう。結局はぐらかされた私への態度の理由の他にも話してくれない事はたくさんあるんだと思う。

 それでもいい。この世界はゲームではなく、現実なんだから。

 かつて私がベッドの上で夢見た外の世界。他人の内心なんて分からず、世界の未来なんて分からず、それでも生きていくのが現実なんだから。


「気にしないでくださいっ。それよりお昼食べにいきましょ!」


 困惑顔のセシルの手を取って、風を全身に感じながら食堂へと駆け出す。

 私の知ってるセシルリアとレイラでは絶対にありえない光景。ありえない関係。

 でもこれが確かな現実だと、繋がった手から伝わる温もりが教えてくれる。

 私は今、確かにこの世界に生きているのだと教えてくれる。

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転生したけど悪役令嬢がなんか違う 詩野 @uta50

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