第5話 鳴門の海神

 渦潮うずしおに呑み込まれた五人は、海底かいてい磐座いわくらに横たえられていた。


「本日の獲物えものにございます。人の捧げものは久しぶりであります。われらが狭別之海路さわけのみちを、れいも尽くさず、わがもの顔にけがすもの達にございます。渦潮うずしおの門を開けて連れてまいりました。」


 磐座いわくらのそばで、ほこらしげにげたのは、櫛彦くしひこら五人を連れてきた門番もんばん兵士であつた。


「奴らは、先日、五隻の船に乗りてやってきました。紀伊きいうみを越え、瀬戸に入りましたが、そのまま淡路あわじ狭別さわけしまに上陸しております。」


 「本日の獲物えものは、その一味であります。ほかにもこのような不埒者ふらちものが、狭別之海さわけのうみけがしております。狭別之海わけのうみは、けがれなき早瀬はやせうみ。今のうちに奴らを追い払うべきでありましょう。」


 すると、磐座いわくらの五人に対して、声が響いた。


「汝ら、この狭き瀬戸せとうみに入るは、いかなる心ありや。ここは早瀬はやせ、多々ある海なりて、いにしえよりあまたの命が失われ、今では、船も通わず。道半ばにしたさまよえるたましい巣窟そうくつは数知れず。汝ら、これらいにしえの先人あるを知りて参ったか。われは鳴門なると門戸もんとかみなり。ゆえなくしてここを通すこと能わず。」


 櫛彦くしひこ礼節れいせつかなった声に驚いた。紀伊きいうみの向こうは人の命を奪う恐ろしいやみうみだと聞いていた。クジラが海の番人だということも綿津見わたつみが話してくれた。だが、その恐ろしい門戸の神が、今、ここでわれらにれいを尽くして問いかけているではないか。


「「ゆえなくして、通すこと能わじ」とは、「ここを通すこともあり」ということ。」


 櫛彦くしひこの意をくみ取った曽良そらが口を開いた。


鳴門なると門戸もんとかみおそれみ、おそれみ申す。この先は、やみうみ闇戸くらとうみと聞き及んでおります。恐れ多き海なれど、われらが神は、この海を渡るように命を下しました。」


曾良そらは、恐る恐る、暗闇の中で、声の主を探した。


「来てみれば、この海は天高く、海は深く青い。風は潮の香を運び、気は晴れやか。とても闇深みふかき、罪深つみふかき海とは思えず。われらは、天にも昇る軽やかな心にて、島々を巡っておりました。」


 曾良そらは、思いのままに、素直な気持ちを伝えた。


「われは東の海のぬし神津島こうづしま綿津見わたつみが孫、曽良そらなり。海神かいしんうやまい、海路みちを開く血筋なり。門戸もんとかみにわが心を捧げ、悪しき心なきことを誓い奉る。」


なんじらの神は、何故にゆえに、この海を渡るように命じたのか。」


 今度は櫛彦くしひこが応えた。


鳴門なるとの神に申し上げます。わが名は宇都志櫛彦うつしのくしひこと申す。兄、宇都志雲野之比古次うつしくもののひこじともとして、日昇ひのぼ山高またかくにより、谷を降り、川を下り、海を渡ってこの瀬戸せとうみに参った。」


宇都志うつしといえば、極星きわぼち崇める一族と聞く。われら、海の神も同じなり。その一族が、何故に、瀬戸の海にまいられたのか。」


「おお、そうであったのか。極星きわぼちに祈りを捧げられておるのか。ならば、われ等の気持ちも分かって暮れよう。」


すると、門戸の番人が、声を荒げて、櫛彦くしひこの言葉を制した。

「なんと、こやつ、調子のいいことを言いおって、問われたことに応えるのが先であろうが。」


「たしかに、その通り相済まぬことでありました。われらが住む、山深き浅間の里、諏訪の里は、雪深く、氷が大地を覆うところでございます。わが先祖は、あめつちを守りて、日高の地より下りし宇麻志うまし族、宇都志うつし族であります。その古き先祖、また瀬戸せとうみにありと聞き、あめつちの定めを探し求めて、この地、この海に参ったのでございます。」


「汝らの先祖が瀬戸せとうみにゆかりがあるといわれるか。怪しき申し立てをそのままに信じよと申されるか。いい加減の言葉は、許されまいぞ。」


「このこと、諏訪之大蛇神すわのおおかかかみ命詔みことのりにありて、偽りなき言霊ことだまなり。われと兄、宇都志雲野之比古次うつしくもののひこじは、あめつちの守り神、天常立神あめのとこたちのかみヒカネの子なり。われ、門戸の神にお願い奉る。改めて、宇都志比古次神うつしひこじのかみをお連れ致すによって、早瀬の海、瀬戸せとかみにお引き合わせくださる様にお願い申す。」


「相分かった。櫛彦くししこの君よ、疑い深く、攻め立て申したことをお詫びいたします。あめつちの守り神、宇都志櫛彦うつしのくしひこよ、なれの心に曇りなし。位高くらいたかき神なれば、なれの言の葉を確かに受け賜った。われ、瀬戸の大神の御前に、汝と宇都志雲野之比古次神うつしくもののひこじのかみをお連れすることを約束しよう。これは誓いの品である。受け取るがよい。後に使いの者を送るによって、しばしの時を待て。」


 鳴戸なると海底うみそこの声はたちまちに鎮まり、番人の姿も消えた。門戸もんとが開くと、五匹のイルカが待っていた。


 五匹のイルカが運んだのであろう、櫛彦くしひこ曽良そらら五人は、気を失い淡路之狭別島わじのさわけのしまの浜辺に打ちあげられていた。櫛彦くしひこの身体にはちかいいの品がくくり付けられていた。

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