◆第8話:オカルトウィッチ魔女ビーム
里中が言っていた。この光線銃は、確か霊聴とポルターガイストとアンドリュー・クロス実験の混成事象だと。「聞こえない声が聴こえる
実体がないなら身体を創ってしまえばいい。死んでいるから殺せないなら一度命を与えればいい。倫理観なんてクソくらえ。里中を泣かせる方が悪い。
黒い力場が渦を巻き、空間の中心に寄り集まって、クレオパトラが受肉する。他のオカルトたちのように影でできた真っ黒な身体をしているが、実体には変わりない。
「おのれ! よくも! なんてことを! ああ、小娘の分際で! 捻りつぶしてくれるわ!」
影の肉体をわなわなと動かし、クレオパトラが激昂する。叫ぶだけで空間が揺れる。そうだ、あの実体は力場の集合体でもある。一筋縄でいくわけがない。受肉させて、ようやくスタートラインに立っただけだ。でも、ここが踏ん張り時だ。アレを倒せばクレオパトラは終わる。
「コーちゃん! 大丈夫!?」
黒い力場が消えたおかげで、視界は一気に晴れていた。里中が、刈谷さんを連れてワープしてくる。二人とも、銀の魔女帽の損傷率は五割ほどだ。
「大丈夫。それよりあれ。あれがクレオパトラの本体。倒そう。終わらせちゃおう」
「おいおい、すげえなコマツナ。よっしゃあ、あとはひたすらぶん殴――――っがあ!!?」
クレオパトラがこちらに手をかざしただけで、三人とも吹き飛んだ。クレオパトラの頭上では、光り輝くピラミッドが回転している。こちらが放つ魔女ビームも魔女グラビティも、ピラミッドパワーに弾かれる。里中がクレオパトラの背後にワープしたけど、超電磁ハンマーを振る間もなく力場に弾かれて、またしても壁まで吹き飛んだ。攻撃が届かない。せっかく受肉させたのに。
壁からオベリスクが突き出した。黒い稲妻が巨大な黒蛇に変わっていく。すでにボロボロの魔女帽が、さらにどんどん破れていく。
だけど突然、攻撃の手が止んだ。見れば、クレオパトラの頭上のピラミッドに無数の亀裂が走っている。そして、亀裂は深くなっていく。
「バカな! バカな! この忌々しき無限領域に放った我が呪いの分身が! 四万と三千二百の蛇呪が! いつの間に全て打ち砕かれている!? 何をした!? なぜ気付けなかった!? 魔女機関め! 魔女どもめ!」
ピラミッドが砕け散った。クレオパトラが胸を押さえてもがき出す。
そうだ、戦っているのは私たちだけではなかった。私のように魔女デバイスの虜になった世界中の魔女たちが、里中が作った強化魔女デバイスを拾った魔女たちが、刈谷さんのように普通に強い魔女たちが、この無限図書館には集まっている。
私たちの魔女デバイスから、電子音声が鳴り響く。
《こちら魔女機関。全魔女の総力をもって、無限図書館内全ての黒蛇の掃討を完了する。そして、君たち三人もよく耐えた。君たちがいるその球状空間は、無限図書館全ての区画の最下層に同時に存在し、そしてどこにも存在しない。つまり一つの区画が球状空間と繋がって、球状空間の存在座標がそこに確定してしまっている間、他の区画からはそちらに援軍に行けない仕組みだ。だけど代わりに、一つの区画が繋がってしまえば、球状空間は残りの区画と完全に断絶される。クレオパトラでさえも、状況を知るすべはない。だからこうして欺けた》
クレオパトラを覆っていた力場が、ほどけるように消えていく。
《そして君たちにお願いしたい。クレオパトラを倒してほしい。魔女機関と残りの魔女たちも、総力を挙げてバックアップする。紀元前の負の遺産を、世界最古の魔女を、どうかここで終わらせてほしい。健闘を祈る》
通信が切れた。そして球状空間の壁が、放電するかのようにまばゆく光る。ヒエログリフが消え、オベリスクが崩れていく。古代エジプトの宇宙と化していた無限図書館が、元の姿に戻っていく。里中が興奮の声を上げた。
「もしかして無限図書館にある全ての魔女デバイスが量子波動ハーモニクスを起こしてるの? それでクレオパトラの干渉を相殺してる? ここは疑似的な宇宙空間になっていたからそこからも宇宙波動を見いだして増幅率を高めて……?
そうだよ、そもそもここが図書館なのも『情報を閉じ込める』『閉じた中で世界を完結させる』シンボルとして本を媒体にしてるから。だからここが図書館の姿を取り戻すほど、クレオパトラは宇宙波動と地磁気から隔絶されて弱体化する! そして今、クレオパトラには実体もある! ……いける、いけるよ! 倒せる! 全部、無駄なんかじゃなかった!」
そしてついに、球状空間に重力が戻る。ちょうど、私たちが叩き付けられていた場所が「下」になった。漂っていた本棚と本が滝のように落ちていく。球状空間の中心にいたクレオパトラも、私たちのいる三十メートルほど先に落下した。纏う力場は完全に消えている。
「コマツナ! あとえーと、里中! お前ら呆けてんじゃねえ! やるぞ!」
魔女グラビティが発動し、クレオパトラを中心としてミステリーサークルが刻まれる。クレオパトラはその場にめり込んでいる。影の身体が、じわじわと潰れていく。その頭上に燃え盛る本棚が魔女ワープでいくつも投入されていき、魔女グラビティの超重力で隕石みたいに降り注ぐ。
だけど、クレオパトラは生きている。右手から黒蛇を召喚し、その背に乗って魔女グラビティの範囲からなんとか逃れた。確かに攻撃は通っている。でも、決定打が足りない。もっと強い、もっと特殊な、もっと呪いっぽい攻撃が必要だ。たぶんだけどそんな気がする。
だから私は、クレオパトラが逃げた先の本棚に魔女ビームを照射する。
命なき場所に生命を創る。動かないものを動かす。喋らせるためにどんな口を創るかなんて、もっと自由で良かったんだ。本棚に、影の黒蛇の口が出現する。本棚はハイテンションで躍動しながらクレオパトラに噛みついた。
「YEAAAAAAAAH!」「アンパンマン!」「イシマキガイ!」「簡単広東担々麺!」「マサチューセッツ工科大学!」「青巻紙赤巻紙黄巻紙!」「モホロビチッチ不連続面!」「きゃりーぱみゅぱみゅ!」「ギャミミミミミミ!」「グギギギギィッ!」「ギィイィィイイイイーーーーッ!」「ヒャッハアアアーーッ!」「ウィィィィィーーーーーーーーェェェイ!」
魔女ビームの乱射を受けた本棚たちが奇声を発して躍動しながら次々とクレオパトラに噛みついていく。クレオパトラも黒蛇を数匹召喚するが、同じ毒牙を持つ本棚の大群を、数匹だけではとても処理しきれていない。クレオパトラの肉体が、毒牙を受けた場所から徐々に崩れていく。
いける。勝てる。あと一押しだ。魔女帽はもう限界だけど、押し切れる。
だけど私の足元から、オベリスクが斜めに突き出して、私のお腹を貫通した。里中がとっさに魔女ワープで私を救出するけど、もう遅い。魔女帽が、ほどけていく。あとちょっとだったのに。里中との約束、果たせなかった。私なんかじゃ、刈谷さんみたいに強くカッコよくなれなかった。
「おい、目ぇ開けろ。ウチなんかよりおまえが残れ。おまえの方がもう強え」
魔女帽が消える瞬間に、私の頭にまた魔女帽が乗せられた。刈谷さんが自分の魔女帽を脱いで、私に被せたのだ。魔女帽は、被った人のダメージを肩代わりする。そして魔女帽を失うと無限図書館から強制離脱する。それだけがこの場のルールだ。魔女帽さえ被っていれば、元が誰のものであるかは関係ない。
「おまえならできる。ぶちかませ。全部まとめてぶっ壊しちまえ」
親指を立てて、刈谷さんは無限図書館から強制離脱していった。しかも消える直前に、刈谷さんの魔女デバイスであるメタリックな円錐、魔女グラビティ発生装置を私に託して。
「おのれおのれおのれおのれ! 小癪な! ぐっ…………小癪なぁ!」
本棚の群れを黒蛇の尾で薙ぎ払い、クレオパトラがこちらを睨む。影の体のあちこちに牙が突き刺さり、今にも崩れ落ちそうだ。だけど、まだ眼光は衰えていない。
「里中!」
「コーちゃん!」
クレオパトラが放った黒蛇を魔女ワープで回避する。刈谷さんが遺してくれた魔女グラビティ発生装置に、魔女ビームを照射する。円錐型の装置が起動し、安っぽいモーター音が鳴る。
「魔女グラビティ発生装置さん! お願いがあります!」
「よう、コマツナちゃん。持ち主がいつも世話になってんなぁ。それはそうと、かわいいコマツナちゃんの頼みとありゃ何でも聞くぜ? で、何をすればいい?」
少し前、里中の部屋でカップ麺を食べているとき教えてもらったことだけど、魔女デバイスは使用者のニューロンと干渉するだとかなんだかで、複数同時に使えないらしい。だから魔女ビームで「生命を与えて」「言葉を交わして」「自ら動いてもらう」ことでこの問題を解決する。
「ぶちかまして。全部まとめてぶっ壊して」
「了解! まかせときな!」
クレオパトラがこちらの動きに気付く。だけど身体の反応は鈍い。里中が動く。クレオパトラの目の前に、魔女グラビティ発生装置をワープさせる。クレオパトラは黒蛇に乗ってその場を離れようとする。
逃がさない。クレオパトラの腹部に魔女ビームを照射して、腹に大きな口を開ける。腹の口が「ベーっ」と長い舌を伸ばして、舌で魔女グラビティ発生装置をキャッチする。クレオパトラの腹部の口が、魔女グラビティ発生装置を呑みこんだ。
そして次の瞬間、クレオパトラの体内で渦巻く力場が発生する。ゼロ距離で放たれる超重力が、クレオパトラを押し潰す。魔女グラビティ発生装置が自らの力場で崩壊し、爆発し、光とともにクレオパトラを跡形もなく消し飛ばす。球状空間の床には、クレーターのようなミステリーサークルだけが残っていた。
世界最古の魔女にして、世界最悪の
「……里中」
「……コーちゃん」
やった。私たちは、勝ったんだ。里中の長い戦いが、やっと報われたんだ。ろくに言葉も出てこなくて、ペタンとその場に座ったまま、二人で泣いて、抱きしめ合った。
無限図書館が揺れる。割れた壁も散乱した本や本棚も、ひとりで元に戻っていく。銀の魔女帽が、役目を終えてほどけ始めた。
そして、私たちは無限図書館を後にした。
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