◆第7話:宇宙図書館魔女ピラミッド

 無限図書館に飛ばされた私たちは、いつもの黒い魔女帽ではなく、銀の魔女帽を被っていた。これはきっと、魔女機関が秘密裏に開発していた対クレオパトラ最終兵器的なものだろう。これなら電磁波攻撃も思考盗聴も気にせず戦える。


 そして無限図書館は、クレオパトラに侵食されていた。壁や床や天井のあちこちがオベリスクに貫かれており、崩落が始まっている。わずかに残った床や壁にもヒエログリフっぽい模様が浮かび上がり、古代エジプト化が進行していた。そして何より、無限図書館の内部は無重力だった。行き場を無くした本と本棚が、宙を漂っている。無限図書館は、ピラミッドであり宇宙へと変わりつつあった。


 震える手で、里中の手を強く握る。向かい合い、頷き合う。

 やるしかない。これさえ乗り切れば、ごく普通で退屈で、息が詰まって面倒で、クラスメートとくだらない話ばかりして、受験で一喜一憂して、刈谷さんともたまにお茶したりして、そして里中が笑っている、そんな平凡な日々が待っている。


「やろう」

「うん」

「…………何やってんだ、おまえら」


 すぐ横で、刈谷さんが怪訝な顔をして浮いていた。そういえばここは一応深層なので、刈谷さんの転送位置も前回離脱したそのままの場所、つまりすぐ近くになるんだった。まったく気が付かなかったので、ほんの少しだけ恥ずかしい。


「おう、よくわかんねーけどうまいことやったんだな。つーかこいつ、ホントにフィラデルフィアの魔女かよ? 全然顔つきちげーじゃねーか。ま、よかったよかった」


 刈谷さんはケラケラ笑う。


「それにしてもどうなってんだこりゃ。見た感じ、ここで暴れてるヤツがリアルの天変地異の親玉か?」

「うん、そんな感じ。これから、無限図書館の最深部にいる元凶を倒しに行くんです。だから力を貸してください、刈谷さん」

「コマツナ、おまえもずいぶん変わったなー。ま、行こうぜ。事情は道中聞かせてくれよ?」


 そして私たち三人は無重力の中、無限図書館の最深部へと進んでいった。



 床と天井はほとんどが崩壊していたので、最深部まで向かうにはただまっすぐに進めばよかった。刈谷さんが気合で魔女グラビティを制御して重力加速度くらいに抑える技を身に付けたので、これを使って最深部へと落ちていく。ときおり空間から突き出してくるオベリスクは、里中の魔女ワープで回避する。


 深いところまで潜っていくと影の黒蛇があちこちから湧き出してきたので、全員でひたすら立ち向かった。影の黒蛇はクレオパトラの分身であり、呪いの集合体でもある。これを駆除していくことは、現実への侵食を抑えるとともに、クレオパトラ本体を弱体化させることにもつながる。

 とはいえ黒蛇は相変わらず大きいし、そのくせやけに素早いし、鱗や体もめちゃくちゃ堅いし、とにかく毒牙がヤバすぎるし、なんかたくさん出てきてる。


 だけど対処法はある。まず、全力越えの魔女グラビティで黒蛇をまとめて壁にめり込ませる。やっぱり潰しきれないけれど、動きは数秒封じられる。そこに魔女ビームを乱射して、黒蛇たちを叫ばせて、強制的に大きく口を開けさせる。トドメに周囲に浮かぶ本棚を片っ端からワープさせ、大蛇の口内へ燃え盛る本棚を次々捻じ込んでいく。黒蛇の鱗は堅いけど、呪いとはいえ変温動物モチーフである限界か、中から焼かれるのには弱かった。


 黒蛇はどんどん増えていく。魔女ワープで黒蛇を同士討ちさせる。黒蛇に「ンーーーーッ!」と言わせながら頭を魔女グラビティで押し潰すことで、牙を下顎に貫通させて自滅させる。死角から来た黒蛇に噛まれそうになったけど、魔女ビームで「AHHHHHHH!」と叫ばせて、口を開けっ放しにさせることで噛み付かれるのをなんとか阻止する。そのまま丸呑みされたけど、黒蛇の体内に口を開けて横っ腹から脱出する。


 万全の状態でクレオパトラに立ち向かうためにも、ここで魔女帽をほんの少しでもほつれさせるわけにはいかない。魔法をひたすら撃ち続けて、黒蛇の群れを殲滅しながら駆け抜ける。たぶんきっと、横並びの他の区画でも、同じように世界中の魔女たちが戦っている。同じように図書館の底を目指している。無重力の中を、崩壊していく図書館を、底へ底へと駆けていく。



 そして私たち三人は、無限図書館だったものの最深部に辿り着いた。

 そこは、巨大な球状の空間だった。それにしてもやけに広い。東京ドームがすっぽり収まるくらいはある。実物を見たことはないので想像だけど。


 たぶんだけど、無限図書館自体が地球みたいに丸く広大な仮想領域で、ここが中心であり最深部になっているんだろう。元々どの区画にいても、下に潜ればかならずここに繋がっている。だけど、他の魔女はまだ誰も来ていない。もしくは、すでにやられてしまったのか。


 しかも、ここもクレオパトラにひどく侵食されていた。本棚は無残に宙を舞い、壁は壁画で侵食され、巨大な球状空間全体が黒い力場で満たされている。あちこちで黒い稲妻が走り、壁をどんどん破壊していく。そして空間の中心で、光り輝くピラミッドが回転していた。クレオパトラが、ここに封印されているのだ。


 球状空間の壁は、どんどんヒビが入っていく。ピラミッドの回転はどんどん速くなっていく。このままでは、クレオパトラがここを飛び出してしまう。私たちだけでやるしかない。


 刈谷さんが、今日何回目かもわからない全力越えの魔女グラビティをピラミッドに叩き込む。ピラミッドは大きくひしゃげ、力場に呑まれて霧散した。だけど次の瞬間には、ピラミッドは空間の中央に復活していた。


 里中が無謀にもピラミッドの前にワープして、超電磁ハンマーを直接ピラミッドに叩き込む。ピラミッドは百メートルほど離れた場所に炎上しながらワープして、跡形もなく爆発する。だけどやっぱり次の瞬間には、ピラミッドは復活していた。


 私たちの無駄な努力を笑うように、球状空間のあちこちに回転するピラミッドが出現していく。黒い稲妻が黒蛇に変わり、四方八方から襲い掛かってくる。きりがない。ジリ貧だ。動きにくい無重力下でこのまま襲われ続けたら、そう遠くないうちに限界が来る。


 虚空から突き出してきたオベリスクに吹き飛ばされ、壁に叩き付けられて、銀の魔女帽がわずかにほつれる。よかった、銀の魔女帽は耐久性も普通の魔女帽とは段違いだ。だけど体勢が崩れたせいで、黒蛇を躱しきれなかった。毒牙が左脚を掠め、魔女帽のつばが大きく裂けて、脚にも濃い痣が残る。痛いけど、歯を食いしばる。


 空間を満たす黒い力場のせいで、視界が悪い。里中は、刈谷さんはどこだろう。幸いにも、ここにも本棚はたくさんある。宙に浮く本棚をぐねぐね躍動させまくって、それに何とかしがみつきながら無重力の中を移動する。


 本棚に一度呑みこまれてから、スイカの種を飛ばすみたいに「ぺっ」と勢いよく吐き出される。他の本棚にぶつかる直前にそこに口を出現させて、口内をクッション代わりにして、また勢いよく吐き出される。こうやって、宙を漂う本棚から本棚へと飛び回り、勝機を伺う。


 ピラミッドは壊しても意味がない。黒蛇は際限なく出てくる。どうすればクレオパトラを倒せるんだろう。そもそも、クレオパトラの本体はどこだ?


 近くに浮かぶピラミッドの一つに魔女ビームを照射して、強制的に喋らせる。


「答えて! クレオパトラはどこ!? どうやったら倒せるの?」

「バカめ! 空間を満たす力場こそがクレオパトラ! 実体など存在しない! ゆえに倒す方法などない!」


 そうだ。里中が、クレオパトラは思念体になったと言っていた。球状空間を満たす黒い力場そのものが、クレオパトラなのだ。でも、これじゃ勝ち目がない。そもそも戦う方法がない。


 ピラミッドがひときわ激しく輝いて、太陽光みたいなビームを放つ。わき腹を貫かれて、魔女帽がまた激しく破れる。銀の魔女帽も、もう七割近く破れてしまった。このままじゃ、何もできないまま負ける。里中の頑張りも無駄になる。日常も全部クレオパトラに壊される。


 いやだ。光線銃を握り締める。まだやれる。里中が作ったこの強化魔女デバイスで、里中との約束を果たしてみせる。


 そうだ。

 イチかバチかの思いつきだけど、たったひとつだけ手はある。


 魔女ビームは、撃ったものを強制的に喋らせる。人はもちろん、動物だって喋らせる。段ボールや本棚みたいな無生物を撃てば、喋るための口をわざわざ形作ってでも強制的に喋らせる。


 なら、実体のない思念体に魔女ビームを撃ったらどうなるのか。力場のままでは喋れない。身体がなければ喋れない。なら、何が起こる?


 光線銃を両手で構えて、力場が一番濃そうな場所へ、球状空間の中心部へ、魔女ビームを撃ちこんだ。

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