◆第4話:トライアングル魔女ウォーズ

 翌日の日曜日。刈谷さんに誘われて、隣町のカフェで話をした。LINEはしょっちゅうしていたけど、こっちの世界で直接会うのは初めてだった。


 刈谷さんも、蛇の牙が腕を掠めたときに痛みを感じていたという。しかも腕には私と同じく痣が残った。二人とも痣はだいぶ薄くなっていたけど、やっぱり気のせいでも何かの間違いでもない。こんな風にリアルで怪我をすることは、刈谷さんも初めてだという。あと、あの蛇については刈谷さんも知らなかった。


 そして、今後もオカルト狩りを続けるかどうかの話をした。刈谷さんは申し訳なさそうに目を伏せて、自分はやめると呟いた。当然のことだった。この人には、安定した未来がある。養わなきゃいけない家族がいる。あんな危険な場所に、わざわざ首を突っ込む必要はない。


 刈谷さんは、すでに魔女デバイスも手放していた。間違って誰も拾わないように、今朝のうちに山奥に埋めてしまったのだとか。だけどそれを私に言わないのも筋が通らないので、こうして会う機会を設けたというわけだ。


 それから二時間くらいずっと話をしていたけど、どんな内容だったかもろくに頭に残っていない。別れ際に、私はどうするのか尋ねられた。すぐに答えは出なかった。


 どうすればいいかわからなくて、次の土曜日までにゆっくり考えてみることにした。

 家に帰って、すぐに寝る。そしてまた学校が始まる。教室でぼーっとしているうちに月曜が過ぎて、気が付いたら火曜も過ぎていて、迷っているうちに木曜の朝になっていた。


 家を出て、駅へとふらふら歩きながら、考える。

 オカルト狩りの日々は楽しかった。これ以上ない刺激だった。だけどここまでのめり込んだら、ただの現実逃避じゃないか。でも、あの非日常は私にとって必要だ。捨てなきゃいけないと、心の奥ではわかっていた。だけど、今日もカバンの中には光線銃が入っていた。


 そうだ。結局は、魔女としてもっと強くなればいいだけだ。私の魔女デバイスの由来となるオカルトも本気で調べて、魔法をもっと使いこなして、あの黒蛇の正体も調べて、あれを倒してしまえばいい。そうすれば、刈谷さんも無限図書館に戻ってこられる。


 確か「フィラデルフィアの魔女」とかいうヤバいヤツは、他の魔女から魔女デバイスを強奪していたという。私も魔女ビームでの聞き込みで新米魔女を見つけて、魔女デバイスを奪ってしまえばいい。刈谷さんがまた魔女に戻るには、魔女デバイスが必要だから。

 いや、だめだ。馬鹿げてる。あんな場所にまた行こうだなんて、私は何を考えているのか。


 でも、でも、でも、でも。


 そんなことを考えながら駅の前までついたとき、カバンの中から激しい警報音が鳴った。だけど、周りの通行人には聞こえていない。間違いない、無限図書館への転送だ。まだ土曜日にもなっていないのに。夜ですらないのに。招集頻度が、ここにきてさらに上がるとは。明らかに異常だ。そして私は、無限図書館へ飛ばされた。


 飛ばされた先は、歪んだ読書室だった。ドアは元通りになっているけど、間違いなく前回と同じ場所だ。黒蛇に襲われ離脱した、あの場所だ。いつもなら、毎回全然違う場所に飛ばされるのに。こんな深層じゃなくて表層の図書館に出るはずなのに。何もかもがおかしい。


 理由はとにかく、まずはここを離れないと。光線銃を構えた時、背後から物音がした。悲鳴とともに振り向いたけど、そこにいたのは黒蛇ではなかった。刈谷さんが、バツの悪そうな顔をして立っていた。


「刈谷さん! え、でも、なんで? なんで!?」

「だってほら。コマツナここ大好きじゃん? 結局決断できなくて、流れでまた来ちゃいそうだと思ってさー。一人じゃ危ないじゃん?」

「でも、魔女デバイス、捨てたって! そう言ってたじゃないですか!? めちゃくちゃへこんでたんですよ私!!!」

「大変だったんだぜー、掘り起こすの。山だから超寒いし。やー、でも早めに拾い直してよかったわ。なんか土曜じゃないのに呼ばれてるし。今度リアルで何かおごってなー」


 刈谷さんの軽口は、ただの強がりだ。だけどそのおかげで、心はだいぶ落ち着いた。

 幸いにも、黒蛇は近くにいなかった。私たちは、上の層に戻ってみることにした。招集頻度が上がったのは無限図書館全体の事情だとしても、私たちの転送位置が固定されてしまったのは深く潜りすぎたからではないかと刈谷さんが推理したからだ。


 背の高い本棚を必死に登り、天井に開けた口に呑みこまれ、一つ上の階の床から吐き出される。降りるよりはずっとペースが落ちるし隙だらけだけど、これを繰り返して少しずつ上層に登っていった。


 体感で六時間ほど登っただろうか。いつもの表層まではまだ遠いが、深層の中ではだいぶ上まで来た気がする。まだ多少は薄暗いけど、触手存在もかなり少ない。建物の歪みもだいぶマシで、まともな図書館っぽい見た目を取り戻してきている。ちなみにこの階は、体育館数個分の空間に大小さまざまな本棚が等間隔に並んでいるような場所だった。


 ここは天井が少し高いので、天井まで届きそうな本棚は部屋の中心部にしかない。魔女ビームで周囲の本棚を見張りにして、はしご代わりの本棚に手をかける。

 そのときだった。三つほど先の本棚の影から、魔女帽を深く被った小柄な魔女が滑り出てきた。顔はすぐには見えなかったけど、立ち振る舞いですぐにわかる。だけど、なんで。


「…………里、中?」

「…………コー、ちゃん?」


 無傷の魔女帽を被った里中が、そこにいた。その手には、放電実験とかで使いそうな、先端に大きな金属球が付いた電極棒が握られている。電極棒の持ち手部分には、「魔女ワープ発動装置」とマジックペンで書いてあった。私の後ろで、刈谷さんが息を呑む。


「逃げろ! そいつ『フィラデルフィアの魔――」

「刈谷さん待っ――」


 刈谷さんが魔女グラビティを放った時には、里中は姿を消していた。刈谷さんの背後に里中が突如出現する。スパークする電極棒が、ハンマーのように振るわれた。

 フィラデルフィアの魔女は超電磁ハンマーで魔女を襲う。刈谷さんの言葉が脳裏に浮かぶ。


「「「「「危ないッッッ!!!」」」」」


 周囲の本棚たちの叫びに怯んで、超電磁ハンマーがわずかにそれる。ハンマーが直撃した本棚は消え、私たちの頭上に出現した。しかも、なぜか本棚は炎に包まれている。燃え盛る本棚をなんとか躱し、里中と向き合う。


「里中! あんたまさかずっと前から魔女やってたの!? ずっと学校休んでたのも魔女関係!? てか魔女デバイス狩りってあんたなの!? なにそれ!? でもよかった、ずっと心配してたんだよ! 魔女やってるだけなら一安心だよ! ほら、私も最近魔女ハマっててさ。成績もちょっと落ちちゃったんだ。だからさ、また一緒に勉強しようよ。里中マジで頭良いからまだ全然追いつけるって。だからさ、まず――――」

「コーちゃんだけは、ここに来てほしくなかったの。ごめん」


 私の話を遮って、里中が超電磁ハンマーを振るう。それに触れた本棚が、次々と頭上にワープしてくる。


 フィラデルフィア計画とかいう都市伝説は、私も何となく知っている。戦時中にアメリカが、軍艦になんか凄い電磁波系の装置をつけてレーダーから消えようとした。だけど実際に試してみたらなぜか軍艦がワープして、しかもその搭乗員も体が燃えたり船と融合したりいろいろ大変なことになった。確かそんな感じのアレだ。


「どうしちゃったのさ!? 何したいの!?」

「コーちゃん。その魔女デバイス、私にちょうだい」


 里中がワープさせた本棚は、燃えたり溶けたり捩れたりして落ちてくる。しかも真上から落ちてくるので、魔女グラビティでも防げない。


「舐めてんじゃねーぞオラァァッ!!」


 頭上の本棚がまとめて真横に吹き飛んで、壁に叩き付けられる。関係のない本棚も、壁にどんどん突き刺さり、ひしゃげるように潰れていく。本棚のひとつが里中の肩を掠めて、魔女帽のつばが数センチ裂けた。大理石の壁に、巨大なミステリーサークルが刻まれる。


「コマツナ! あいつおまえのダチか? ぶん殴って目ぇ覚まさせる! わりぃ!」


 里中が魔女ワープでどこかへ消える。本と本棚があちこちで消えたり出たり燃えたり融合したりする。刈谷さんも魔女グラビティを四方八方にぶっ放すので、本棚が紙吹雪のように吹き飛んでいく。


 魔女帽があちこち破れていく。刈谷さんは集中攻撃を受けているから、私よりも損傷がひどい。戦闘が激しすぎて割り込めない。とりあえず魔女ビームを乱射しながら逃げ惑う。


 私はどうすればいい? 里中とちゃんと話がしたい。だけど里中に超電磁ハンマーがある限り、ここでもリアル世界でも、ワープで逃げられてしまう。だったら、今ここであの魔女デバイスを奪うしかない。なら、私に何ができる? 魔女ビームで何ができる?


 そのとき、刈谷さんの背後に燃え盛る触手存在が出現した。この階に潜むオカルトを、里中が叩いてワープさせたのだ。私はとっさに近くの本棚を魔女ビームで撃ち抜いた。


「YEAAAAAAAAH!」


 本棚が全身を大きく使ってジャンプして、触手存在に体当たりする。さらに本棚は「アンパンマン」と連呼しながら何度も歯ぎしりを繰り返し、触手をズタズタに噛みちぎる。


「さんきゅー、コマツナ!」


 よく考えれば光線銃を拾った時に段ボールを撃った時から、撃たれたモノは言葉のテンションに合わせてカートゥーンっぽくグネグネ動いたりしていた。イチかバチかテンションマックスで叫ばせてみたら、思った以上にうまくいった。


「こちらD‐2区画の本棚! 敵性魔女の出現を確認!」「BZ‐9にて出現!」「F‐6!」「天井!」「柱!」「L!」「AG!」


 本棚たちが、あちこちで里中の居場所を叫ぶ。次の瞬間その区画がごっそり潰れてミステリーサークルと化す。それでも里中は捉えきれない。


「こちら床! 逃げ――」


 次の瞬間、この階の床がまるごと消えた。私も刈谷さんも本棚も、足場を失い下の階へと落ちていく。宙に投げ出され、身動きが取れない。刈谷さんのいる場所へ、燃え盛る本棚が十数個まとめて魔女ワープで叩き込まれた。だけど刈谷さんは自身に魔女グラビティを放ち、真下へ緊急回避する。魔女帽が一気に弾けたが、布片が糸で繋がり髪に何とか絡まっている。


「こちら本! 発見! 四時の方向! ぶっ放せ!」

「見つけたァ!!」


 意表を突かれ固まっていた里中に、魔女グラビティが放たれる。宙に散らばる本と本棚がごっそり下層に叩き付けられ、下層に蠢くオカルトたちもまとめて潰れて霧散して、床一面に幾何学模様のミステリーサークルが深く刻まれた。里中はほんの一瞬逃げ遅れ、背中に本棚が直撃し、力場のうねりに右腕が呑まれ、そこから無理矢理ワープした。


 刈谷さんは下の階に頭から落ち、最後の布切れが破れて離脱した。床にぶつかる直前に、こちらに微笑み親指をグッと立てていた。


 私は落下地点の床に魔女ビームを撃って「べーっ」と喋らせ、柔らかい舌の上に着地する。魔女帽へほんの少しダメージが入ったが、まだ損傷率は五割ほどだ。そして、里中がすぐ近くに背中から落ちてきた。超電磁ハンマーが宙を舞い、三メートルほど離れたところに転がった。魔女帽も、八割以上破れている。


 勝負ありだ。小走りで超電磁ハンマーを回収して、里中と向き合う。


「ねえ、里中。教えてよ。あんたが何の考えもなしにこんなハチャメチャなことするわけないでしょ? 何があったの?」


 里中は口を開かない。床にぺたんと座ったまま、深いクマができた目でこっちをじっと見てくるだけだ。


「私だってわかったよ。あんたが前に言ってたこと、全部本当なんでしょ? 宇宙波動とか電磁波とか人工地震とか、ここのオカルトと関係あるんでしょ? あんたが魔女デバイスを集めてたのも、関係してくるんでしょ?」


 里中は、ハッと目を見開いた。でも、口はきつく結んだままだ。何か吐き出したいことがあるのに、必死に堪えているように見える。


「あんたの力になりたい。何か抱えてるなら少しでも一緒に背負いたい。だから、一言でも相談してよ。そしたら、私は――」

「だからダメなの。だから、コーちゃんにだけは言えないの」


 里中が、やっと口を開く。その声は、震えていた。


「背負わせたくないもん。何かあったら嫌だもん。だから、あたしがなんとかしなきゃいけないの。コーちゃんもクラスのみんなもお父さんもお母さんも、あたしが守らなくちゃいけないの」


 里中は、今にも崩れてしまいそうな顔をしていた。だけど優しい里中のことだ。全部自分で抱え込むつもりなんだろう。そして私は説得が下手だ。だから私は、ほんの少しだけズルをする。


 一言でいいから、本音を聞きたい。里中に、魔女ビームを照射する。里中の口が、小さく動く。


「……たすけて。おねがい」

「うん、まかせて」


 魔女帽に大きく開いた穴から、里中の頭をくしゃくしゃと撫でる。里中は、つかえていたものが取れたように泣いていた。ようやく息が落ち着いたところで、里中は自ら魔女帽を脱いで帰還する。私もあの黒蛇が来ないうちに、光線銃と超電磁ハンマーを持って現実世界へ帰還した。

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