◆第5話:マジカルカルト魔女トーク

 木曜朝の駅前に帰還した私は、そのまま学校をバックレて、まっすぐ里中の家に向かった。里中はバツの悪そうな顔をしていたけど、家の中に入れてくれた。超電磁ハンマーは、すぐに里中に返した。どんな事情があるにせよ、こうなってから逃げるようなヤツではないし。


 そして私は、アルミホイルに覆われた部屋で、すべての事情を一から説明してもらった。


 まず、そもそも無限図書館にはオカルトを自動収容する機能などないという。

 無限図書館は元々、ある一体の太古のオカルトを封印するためだけに作られた。だけどそのオカルトの持つ力は強大すぎて、無限の領域の中からでも現実世界にわずかに影響を及ぼせた。そして世界に巣食う有象無象のオカルトを領域内に引きずり込んで喰らうことで、力を取り戻そうと目論んだのだ。


 太古のオカルトの復活だけは、絶対に阻止しなくてはならない。だから無限図書館に引きずり込まれた有象無象を、太古のオカルトに喰われる前に誰かが処理する必要があった。そのために生まれたのが魔女機関と魔女デバイス、そしてオカルト狩りのシステムだ。


 世界各地に魔女デバイスをばらまいて、魔女適性が高い若い女性が拾うように仕向けて、あくまで危険のない形で魔女を養成する。現に私がハマったようにこの仕組みは実際うまくて、いい感じに機能しているように見えていた。


 だけどやっぱり取りこぼしはあるようで、封印されたオカルトは徐々に力を蓄えていった。それに共鳴するように世界の超常現象発生率も増えていき、収容される有象無象も加速度的に増加して、もはや太古のオカルトは復活目前となっているらしい。だから最近、無限図書館への招集頻度がどんどん増えていったのだ。


「ねえ、ところでその太古のオカルトって何なの?」

「笑ったり、しない?」

「当然でしょ」

「じゃあ、言うね」


 里中は、ほんの少しだけためらってから口を開く。


「……クレオパトラ。暗黒存在と化した、思念体のクレオパトラ」

「…………え?」


 何かの聞き間違いではないだろうか。


「本当だよ。だって、クレオパトラは世界最古の魔女だから」

「……………………は?」


 里中は、本気の目をしていた。


「まずコーちゃんはさ、魔法って何なのかわかってる?」

「オカルトの力でしょ? 有名な超常現象の再現とかそんな感じのヤツ」

「じゃあ、超常現象って何で起こるかわかってる?」

「え? ちょっとまって。考えてみる。えーと……」


「やっぱり、わかんないよね。答えは、宇宙波動との共鳴。電磁場だとか、音だとか、アンテナになる特殊なシンボルだとか。そういったものが宇宙波動と共鳴すると未知なる現象が起こるの。特に電磁場の影響は大きいかな。フィラデルフィア計画の事故だって電磁場が原因だよね? オカルトグッズも電磁場をどうこうするものが多いよね? 心霊スポットは磁場が乱れてる場所が多いよね? それに私たちの魔女デバイスも、内部に搭載された超電磁ジェネレーターで電磁場を発生させて、それを宇宙波動と共鳴させて超常現象を再現してるよね?」


「ちょ、ちょっと」


「だけどクレオパトラの場合は、電磁場じゃなくてシンボルによる共鳴かな。クレオパトラは電子機器もない紀元前のあの時代に、ピラミッドパワーで宇宙波動と共鳴して超常現象を起こせたの。だから彼女が最古の魔女と呼ばれているわけ。

 だけど彼女は謀略の中で死んで、その意志は呪いとなった。死に際のニューロンの電気信号がピラミッドを介して宇宙波動と共鳴して、クレオパトラは暗黒思念体になった。でもそんな暗黒クレオパトラも、十八世紀に魔女機関によって無限図書館に封印された。

 そう、十八世紀といえば魔女狩りの時期だよね。あの時代は地磁気が不安定で魔女が自然発生しやすい環境だったから。そんな中で大量発生した魔女たちが団結して、最古の同類の尻拭いをしたってわけ。

 そして世界中の疫病や呪いや怪奇現象も、この頃を境に減っていった。暗黒クレオパトラを封印したおかげで、世界は祈りとオカルトの領域から科学と秩序の領域にシフトしたの。でも、クレオパトラがもうすぐ復活しようとしてる。世界がオカルトに支配された時代に戻ろうとしてる」


「まって、もうちょっとペースを――――」


「それだけじゃないの。思念体であるクレオパトラは地磁気にも干渉して、地球規模で影響を及ぼせるの。ほら、クレオパトラの墓ってまだ見つかってないじゃない? あれって実は、あまりに強い呪いのせいでピラミッドが崩壊して、大地に還っちゃったからなの。だから、今や地球そのものがクレオパトラのピラミッドなの。

 だから地磁気を利用して、電磁波でニューロンの電気信号を読み取って、全人類の思考盗聴もできる。敏感な人はちゃんとわかってたりするけど、ほとんどの人は気付いてない。ちゃんとアルミホイルで防御しなきゃいけないのに。

 そしてもう少し力を取り戻したら、地磁気への大規模干渉で、人工台風や人工地震も自在に起こせる。オカルト的にも物理的にも、クレオパトラが世界を掌握してしまうの。だけど今の魔女機関は形骸化してて何の役にも立ってくれない。招集頻度は弄るけど、それ以外は見て見ぬふりの現実逃避。だからわたしがやるしかなかったの」


 里中は、超電磁ハンマーを握り締める。

 里中の言っていることは、半分以上わからない。だけど世界がなんかヤバくて、その原因がクレオパトラで、そいつが無限図書館の最深部に封印されてて、そいつが里中を困らせていることはわかった。


「うん、大丈夫。続けて」

「ありがと、コーちゃん」


 ここまでは、世界が陥っている危機の話。そしてここからは、里中の孤独な戦いの話だった。


 里中は、中学二年の頃に超電磁ハンマーをベランダで拾い魔女になった。そして無限図書館で自身のワープや床の消滅を繰り返して、私たちよりずっと深いところまで潜り、最深部に封印されているクレオパトラの存在を知った。世界の危機も知ってしまった。


 魔女機関へのコンタクトは拒否された。だから里中は自分で何とかしようとした。オカルト本を読み漁り、学業も捨てて魔法の特訓に専念した。成績はどんどん下がった。里中はどんどん強くなった。だけど、一人の力では限界があった。だから里中は、強い魔女を増やそうとした。


「あたしのフィラデルフィアの魔法ってね、ただワープさせるだけじゃないの。コーちゃんも見たよね? 燃やしたり形を変えたり、融合させたりなんかもできるの。だからこの魔法で、もっと強い魔女デバイスを作れないかと思ったの」


 里中は魔女デバイス狩りを開始した。弱い魔女から魔女デバイスを強奪し、集めた魔女デバイス同士を魔女ワープで融合させ、新たな魔女デバイスを作った。大半は失敗作だったが、まれに超強力な魔女デバイスが生成された。


 でも、それだけでは足りなかった。高校二年生の夏、里中は学校に通うのをやめた。魔女デバイスの研究に専念し、分解や構造の解析も行った。


 魔女デバイスは、電磁場や形状的シンボルを利用して宇宙波動と共鳴するだけのもの。つまり内部構造の大半はただの電気回路で、残りはオカルトシンボルだ。二、三か月経つころには、ホームセンターの材料やカルトサイトの通販アイテムを組み合わせ、魔女デバイスの拡張パーツや簡易な疑似魔女デバイスを自作できるようになっていた。


 魔女デバイス狩りも続行し、これらの技術とワープ融合を組み合わせて強化改造魔女デバイスを次々と作っていった。それを今度は里中の手で世界各地にワープさせ、強い魔女をどんどん増やしていった。


 そして魔女デバイス狩りの脅威が魔女の間で広まることで、それに抵抗するように、刈谷さんのように自力で強くなる魔女も増えていった。


 さらに里中は加速した。無限図書館は地域ごとに転送される区画がある程度まとまっているが、深部に潜る要領で横方向に壁を無視して潜り進んでいくことで、同じ場所でループせずに別の地域の区画にも行ける。そして無限図書館内に何日いようと、現実世界では一瞬だ。

 里中は他県どころか国外の無限区画にも進出し、今日に至るまで魔女と接触し続けた。そうして、魔女と魔女デバイスの強さを底上げしていった。


「里中。ねえ、あんたすごいよ。そんなこと、ずっと自分ひとりでやってたんでしょ? 超すごいじゃん。ハチャメチャじゃん。ヒーローじゃん。気付いてあげられなくてごめん。巻き込まないでくれてありがと。でも、もうひとりじゃないから。……がんばったね、里中」

「…………うん」


 里中の頬が、少し緩んだ。


「私も協力する。刈谷さんも話せばきっとわかってくれる。一緒になんとかしてみようよ。何ができるかはこれから考えるんだけどさ」

「ほんとに、いいの?」

「でも、これだけは約束して。それが協力の条件だから」


 里中の手をぎゅっと握り、目を見つめる。里中は小さくうなずいた。


「全部終わったらちゃんと学校に来ること。ちゃんと高校卒業すること」

「うん」

「そしてあんたが私を心配させまくったから私がオカルト狩りにハマったとも言えるので、その埋め合わせとして私に勉強教えること。私と一緒に受験勉強頑張ること。お互い夏までに第一志望でA判定とること。ちゃんと二人とも大学に合格すること」

「うん」

「もう、一人で抱え込まないこと。何かあったら相談すること」

「うん」

「あと、今度の土曜にタピオカ一杯おごること。その次は私に奢らせること。いい?」

「……うん。いいよ。約束だよ。一緒にカフェに行ったのも、中学が最後だったもんね」


 里中は、気の抜けた顔でふふっと笑った。

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