◆第3話:危険領域魔女ダイバー
一緒に無限図書館を探索しながら、刈谷さんにはいろんなことを教えてもらった。
刈谷さんによると、魔女デバイスの力もオカルト由来のものらしい。確かに刈谷さんが使う魔法も、もろにミステリーサークルだったし。刈谷さんが今まで出会った他の魔女も、ポルターガイストの魔女だとか、ダウジングの魔女だとか、バミューダ・トライアングルの魔女だとか、ツングースカ大爆発の魔女だとか、大体そんな感じだったみたいだ。
「だけどな、コマツナ。『フィラデルフィアの魔女』にだけは気ぃつけな」
刈谷さんは眉間に皺を寄せ、そんなことを言い出した。無限図書館に集まる魔女は大抵友好的だけど、まれにヤバめの人もいる。その中でもフィラデルフィアの魔女はガチでヤバくて、超電磁ハンマーで他の魔女を襲っては魔女デバイスを奪い取っていくらしい。刈谷さんも半年前に襲われたけどまるで歯が立たなくて、自分から帽子を脱いで離脱するしかなかったそうだ。
まあ無限図書館はわけわからないくらい広いので、そう簡単に遭遇することはないだろう。もし運悪く襲われても、魔女デバイスを失って元の暮らしに戻るだけだし気にしすぎても仕方ない。
そんなことより気になるのは、私の魔女ビームが何のオカルトなのかということだ。
いろいろすごい刈谷さんも、オカルト知識はからっきしだ。なので本棚に並ぶオカルト本に手当たり次第にビーム照射してアレコレ質問してみたけれど、ピンと来る答えはなかった。
まあ、モノが喋り出す怪現象や動物と話せるサイキックなんて古今東西いくらでもあるようなので、そのうちのどれかなんだろう。刈谷さんは「口裂け女のオカルトなんじゃね?」みたいなことを言ってたけど、さすがにちょっと違うと思う。知識自慢の本たちは霊聴だのクレアオーディエンスだの付喪神だの色々議論してたけど、なんか面倒になってきたのでもう魔女ビームでいいと思う。
光線銃の使いこなしも、だいぶうまくなってきた。
この光線銃は、撃ったモノを強制的に喋らせる。そしてあらかじめ念じておけば、好きな言葉を喋らせることだってできる。
ところで私の得意技は、オカルト共の足元の床に大きな口を開け、ボッシュートからの噛みつきを決めるハメ技めいた噛みつきコンボだ。そんないつものコンボをやるときも、「アンパンマン」とか「簡単広東担々麺」とか「モホロビチッチ不連続面」みたいな口を何度も開け閉じする語をやや早口で言わせることで、強い噛みつき攻撃になる。「キィィーッ!」とか「グギギ……」みたいに歯ぎしりさせてもかなりヤバイ。
あと、壁に出した大きな口に「ふーっ」みたいに喋らせれば、吐息で風を起こせたりもする。スカイフィッシュくらいの敵なら制御を失い本棚や天井に激突するので、空飛ぶオカルトに対しても噛みつきを決められるようになった。
刈谷さんにはまだまだ及ばないけれど、すごい成長速度だって刈谷さんにも褒められた。模試でB判定を取るより、ずっとずっと嬉しかった。
* * *
冬の寒さもようやくひと段落し、ついに三月がやってきた。
もうすぐ高校三年生。そして、さすがは一応進学校。教室の雰囲気も、ちょっと張り詰めてきている。不登校の里中のことも、もう誰も気にしていない。みんな自分のことで手一杯だ。
まあ、私も似たようなものだ。「もう来ないで」とひどく拒絶されたのがショックで、里中のことはあまり考えないようにしていた。それにやっぱり気まずいので、プリントを届ける係もあれからずっと別のクラスメートにお願いしていたりする。
そんなストレスを発散するには、やっぱりオカルト狩りしかない。無限図書館への招集頻度はずっと週一ペースを保ったままだ。刈谷さんもこんなペースは初めて経験するらしいけど、何はともあれちょうどいい。
今日も塾まではちょっと時間があるので、下校時間のチャイムとともに特訓のため裏山へ向かう。刈谷さんにLINEの返事を送った後で、光線銃を手に取った。土曜の夜が待ちきれない。
最近の私たちがハマっているのは、単なるオカルト狩りではなくて、無限図書館の探索だ。
先週の招集時には「こういうのって最下層にヤバめのヤツがいるんじゃね?」との刈谷さんの思いつきを検証してみた。要するに、下の階に降りては次の螺旋階段を探してまた降りるのを繰り返して、とにかく下を目指し続けるのだ。確かに下に降りるほどオカルトの量や質も濃くなっていく気がしたけど、体感三時間ほど降り続けたところで目印をつけたスタート地点に戻ってきてしまっていた。
無限図書館は変わった場所だ。螺旋階段を降りた後でまた昇っても元いた階に戻れなかったり、前にまっすぐ進んでいるはずなのに気付けば同じ場所をぐるぐる回っていたりする。たぶん空間が捻じ曲がっていて、ちぐはぐに繋がっているのだろう。
なので今日は趣向を変えて、床をぶち抜いて下層へ向かってみることにした。そこで役に立つのが私の魔法だ。刈谷さんの魔女グラビティは確かにメチャクチャ強いけど、あくまでミステリーサークルをつくる魔法である以上、床を貫通したりはできないようだ。
だけど私の魔女ビームなら、工夫次第で床をすり抜けることができる。
やり方はそこそこ簡単だ。まずは床に大きな口を開けて私たちを丸呑みさせる。そうして床に生き埋めになったら、今度は下に向けて魔女ビームを照射する。すると下の階の天井に口が開いて、私たちは下へ吐き出されることになる。
服も髪も唾液でベトベトになるし、舌でヌルヌルされる感覚がどうにも気持ち悪いけど、我慢できないほどではない。それに、課外授業の田植えで泥だらけになるような、学校祭準備でTシャツにペンキを塗りあうような、非日常っぽい開放感もわずかにあった。 変なものに目覚めそうになったけど、それは忘れることにする。刈谷さんも何かにハマりそうに見えたけど、それも見なかったことにする。
まあそれはともかく、この方法で私たちは何層も下に潜っていった。
すると、階段で普通に降りたときとは明らかに違う変化があった。まず、階層が徐々に暗くなった。だまし絵みたいに壁も本棚も歪んでいった。本を開いてみたけれど、読めない文字が紙面をぐねぐね這っていた。チュパカブラみたいなカジュアルなUMAは見なくなって、変な触手存在や幾何学的な浮遊構造体に出会うことが増えていった。
流動的な触手の影が蠢きまくる階層もあって、危うく捕まりかけたけど、壁に開けた口の中に二人で隠れて逃げ切った。浮遊回転するメビウスの輪はメチャクチャ硬かったけど、魔女グラビティで叩き落してから床の口で丸呑みにして、生き埋めにして事なきを得た。
私たちは、無限図書館の深部に間違いなく近づいていた。やってはいけないことをしている自覚はあったけど、好奇心には勝てなかった。それに、どうせヤバいモノに出会ったところで怪我をするわけでもないし、怖がったって仕方ない。
体感四、五時間ほど降りただろうか。奇妙に捩れた読書室で、私達は休憩していた。魔女帽の損傷率は私が四割、刈谷さんが二割程度で、まだだいぶ余裕がある。魔女帽は疲労も肩代わりしてくれるので、体力的にもへっちゃらだ。だけどせっかくこんな深くまで進めたのだし、つまらないミスで離脱したくない。
無限図書館は来るたびに全然違う区画に飛ばされたりするし、たまに建物の構造自体がまるごと変化していたりする。なので同じ場所にもう一度来られる保証はまったくないのだ。
なんて思っていたところで、見張りのドアが悲鳴を上げた。直後に大蛇の姿をした影が、ドアをぶち抜いて突進してくる。それにしてもとにかくデカい。ドアの横幅ほどの太さはある。
そして速い。刈谷さんがとっさに放った魔女グラビティでも止まらない。牙が腕を掠めただけで、刈谷さんが強制帰還させられた。階下に逃げる魔女ビームも間に合わない。赤く灯った大蛇の瞳が、もう目の前まで迫っていた。黒い牙が左肩を貫いて、あまりの痛みに悲鳴をあげる。毒が体に流し込まれ、魔女帽が一気に引き裂かれる。
自室に戻ってきた私は、ひどく汗をかいていた。それにしても、あの黒蛇は一体何だったんだろう。心臓もバクバクしてるし、左肩もまだ痛いし、今日は早く寝てしまおう。
「……え」
おかしい。ありえない。なんで肩を噛まれたとき、痛みを感じたんだろう。なんでまだ、肩が熱を持っているんだろう。
姿見の前に立ち、部屋着を脱ぐ。いったい何が起こったのか。わからない。こわい。
私の左肩には、くっきりと痣が残っていた。
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