◆第2話:無限図書館魔女グラビティ

 気付いたときには、私は見知らぬ図書館にいた。年季の入った石造りの床に、迷路みたいに並ぶ本棚。あちこちにある螺旋階段を昇ったり降りたりしてみても、上にも下にもずっと似たような図書館が続いている。辺りはしんと静まり返り、人の気配は一切ない。


 さすがに混乱したけれど、五分も経てば落ち着いた。まあこの光線銃を拾った時から何か変なことが起こることは妄想していたのだし、期待していなかったといえば嘘になる。とはいえ、まさか本当に超常現象に巻き込まれるなんて思っていなかったけれども。


 でも、ちょうどいい。いろいろうんざりしていたところだ。夢か現実かもよくわからないけど、何でもいいから暴れてみたい。

 そして私は、自分がなぜか帽子を被っていることに気付く。黒くて大きなつばがついた、魔女のコスプレみたいな帽子だった。そういえばここに飛ばされる前の電子音でも魔女がどうとか言っていたし、光線銃も魔女ビームとかテプラが貼られていたけれど。


 そして光線銃から、またしても電子音声が鳴り響く。


《魔女デバイスをご利用の皆様、毎度ありがとうございます。そして今回新たに魔女デバイスを入手された方、よろしくお願いいたします。ここは次元の狭間に存在する疑似空間。超常現象オカルト自動収容領域、無限図書館となります》


 電子音声は、なおもグダグダ話し続ける。


《新規の方々、試用期間いかがでしたでしょうか。皆様が手にした魔女デバイスは、この世界を襲うオカルトに立ち向かうための力です。心霊現象、都市伝説、怪異、UMA。より優秀な魔女を増やし、これらオカルト存在を根絶することこそが、我々魔女機関の使命です。そして我々魔女機関は、レクリエーション感覚でオカルト狩りの腕を磨ける場所として、若者向けに月に一度ほどこのような場を設けさせて頂いております》


 その後も長々と説明は続いたが、要約するとつまりこうだ。


 この無限図書館は、世界中の超常現象を自動で検出・転送し、図書館内部に閉じ込めていくオカルト収容所だ。だけどオカルト的なものを溜め込みすぎても現実に異変が染み出してくるので、定期的に中のオカルトを除去していく必要がある。なので魔女機関は世界中に魔女デバイスをばらまき、それを拾った人たちを月に一度ほどの頻度でこの図書館に集めている。


 そして一定以上の駆除の成果を挙げられれば次回以降のオカルト狩りにも参加でき、成果がイマイチだと元いた場所への再転送時に魔女デバイスを剥奪される。こうして世界中の超常現象の芽を一か所に集めて処理しながら、同時に魔女の育成を行っているわけだ。


《そして無限図書館への転送時に皆様に自動で配給される魔女帽は、量子波動ハーモニクスによって着用者のダメージを全て肩代わりするものです。魔女帽が完全に破れるか、もしくは自ら脱ぐなどして、とにかく魔女帽を失った時点で安全のため元いた場所へ強制送還されます。説明は以上になります》


 要するに、ここでオカルト狩りをしている間は、怪我の心配は一切ない。途中で抜け出したくなったら魔女帽を脱いでしまえばいい。うまいことたくさん駆除できれば今後も光線銃が使えるし、下手を打っても光線銃が没収されるだけでしかない。


 つまりデメリットは特になくて、息の詰まるようなこの日々の、憂さ晴らしにはもってこいというわけだ。



 そして私は、光線銃でオカルト共を狩りまくった。この魔女ビームは攻撃力も全くなくて、ただ喋らせるだけなんだけど、やり方次第で案外ちゃんと武器になる。本棚や床に魔女ビームを照射すればオカルトがどこへ行ったか教えてくれるし、それらの名前や特徴なんかも語ってくれる。


 この図書館に自動収容されるのは、現象として実体化しきる前の「オカルトの芽」みたいなものらしく、私が出会ったチュパカブラや洋人形やヤマノケや浮遊立方体は、どれも影が寄り集まったような姿をしていた。


 あと、あちこちの物を喋れるようにしておけば、オカルトが近づいてきたときに声で合図してくれるのも便利だった。


 顔に触手が生えた男が背後からダッシュで迫ってきたときも、あらかじめ撃っておいた本棚があわてて吠えてくれたので、ギリギリ対処が間に合った。触手男の足元の床に大きな口をつくったら、触手男は下半身を飲み込まれ、そのまま噛まれて霧散した。腕に触手がかすったけれど、魔女帽が少しほつれるくらいで済んだ。


 そんな感じで二時間ほど狩りを続けたところで、くねくね踊る変な影を直視してしまい、魔女帽のつばが大きく裂けた。あわてて本棚の裏に隠れたところで、鋭い触手が下の階から床を貫いて伸びてきて、私のお腹を貫通した。魔女帽がずたずたに裂けて、一気にほどけて消えていった。


 次の瞬間、私は自室に戻っていた。机の前で、転送前と同じように数学の宿題と向き合っていた。スマホを見ると今は夜の九時過ぎで、転送前からまったく時間が進んでいない。貫かれたはずのお腹も、本当に痛みもないし傷もない。


 そして私の右手には、光線銃がちゃんと握られたままだった。私はまだ、光線銃を持っていられる。一か月後に、またあの空間で非日常に向き合える。怖くなかったと言えば、多分きっと嘘になる。だけど、宿題をやる気がほんのちょっと出てきたことは事実だった。



     * * *



 それから私は、オカルト狩りにハマっていった。反撃されても痛みもないし、だけど適度にスリルもある。何も気にせず好きに暴れられるのは、思った以上に爽快だった。そして何より、人助けとか世界の危機を未然に防ぐとか、なんかいい感じの大義名分もあるので気分もいい。


 オカルト狩りは月に一度と説明されていたけれど、何か事情が変わったのか徐々に頻度が増していった。二回目のときは初回の約二週間後で、それから先は毎週土曜の九時過ぎに必ず転送されるようになった。クリスマスとか冬休みとか年越しみたいな変わりばえのない行事より、次の転送の方が待ち遠しくなっていた。


 そして年を越した頃、確か五、六回目の転送のときだった。私は無限図書館で、初めて他の魔女に出会った。


 刈谷さんは私のひとつ上、つまりは高校三年生で、一年くらい前からずっと魔女を続けているらしい。センター試験も目前なのに大丈夫かと心配したけど、刈谷さんは地元の市役所に高卒で就職するという。金髪だし明らかにヤンキーっぽい目つきなのに、意外だった。


「ウチのとーちゃんさ、病気なんだよ。かーちゃんはちっちゃい弟たちの世話で大変そうだし。だからウチがしっかりしなきゃいけねーの。今まで好きに遊ばせてもらっちゃったし、何ていうかさ、こういうモンだろ?」


 なぜだろう、少し裏切られた気がした。里中も刈谷さんも、自由に生きていた人たちは、私を置いて勝手にどこかに収まってしまう。誰に文句を言っても仕方のないことだけど。


 だけどそんな刈谷さんも、やっぱりストレスを爆発させたいときはあるらしく、だからこうして魔女を続けているのだとか。


「おう、そうだ。おまえ名前なんて言うの? どこ住み? 教えてくれよー、これも何かの縁だしさー」

「恥ずかしいんですよねー、初対面のひとに名前言うの」

「えー? いーじゃん、ケチだなー」

「まあいいや。私、駒綱なずなって言います。野菜の方の小松菜じゃなくて、将棋の駒の『駒』に綱引きの『綱』。なずなはそのままひらがなで。……ってやっぱほら、美味しそうとか笑わないでくださいってばーっ!」


 そんな感じで自己紹介を終えたところで、ちょうど空気を読むかのように黒い影のスカイフィッシュが飛んできた。私の魔女ビームは噛みつきくらいしかまともな攻撃手段がないので、空飛ぶタイプのオカルトにはすこぶる相性が悪かったりする。まあ、うまくやれば壁際に誘導したうえで壁に呑みこませるとかもできるけど。


 だけど刈谷さんの魔法は、空飛ぶ相手もおかまいなしだ。刈谷さんの魔女デバイスは、円錐型のメタリックな置物だ。カルトサイトで売っていそうな代物で、安っぽいモーター音を常時鳴らし続けている。そしてその下部には「魔女グラビティ発生装置」と雑に刻印されていた。


 刈谷さんが手のひらに円錐を乗せ、前に突き出す。グワッと力場的な何かが渦巻き、超高速で飛び回っていたスカイフィッシュが石の床に叩き付けられる。床がベコベコ陥没し、周囲の本棚もまとめて潰れ、直径十メートルくらいのミステリーサークルができた頃には、スカイフィッシュは霧散していた。

 一年間も魔女デバイスを剥奪されずに魔女を続けてきただけあって、刈谷さんは思った以上にすごかった。



 そんなこんなで雑談しながらオカルト狩りをしたけれど、体感で三時間ほど経ったというのに刈谷さんの魔女帽は新品みたいにきれいだった。私のは細かな手傷が積み重なって、いつ裂けてもおかしくないほどズタボロなのに。


 刈谷さんの後ろ姿をぼんやり見ながらビッグフットを追っていたら、反撃への対処が遅れて私は踏み潰されてしまった。魔女帽が裂けて、いつものように元いた自室へ強制帰還させられる。


 だけど、今回は少し惜しいことをした。ちょっと目つきは怖いけど良さげな人に会えたのに、あんな迷宮みたいな謎空間じゃ二度と会える気がしない。無限図書館じゃスマホは使えなかったけど、LINEのIDくらいは事前にメモしてちゃんと交換するべきだった。お互いが住んでいる場所も、結局言いそびれていたし。


 ……なんてちょっと感傷的になってたら、次の週の転送で、私は刈谷さんとあっさり再会できてしまった。とはいえ本棚や壁を片っ端から喋らせて、金髪長身ヤンキー女を見かけなかったか聞きまくったからだけど。


 今度はちゃんとLINEのIDを伝えて、住んでいる場所も教えあった。いったいなんの偶然か、刈谷さんは隣町に住んでいた。いや、たぶんこれは偶然じゃない。リアルでの距離が近いと、無限図書館内でも近い場所に転送されやすいのだろう。刈谷さんがこれまで出会った魔女も、ほとんどが日本人だったらしいし。



 紆余曲折あったけど、こんな感じの経緯があって私は刈谷さんと一緒にオカルト狩りを続けていった。

 リアルの方では、気付けばバレンタインも過ぎていた。一月に受けた模試の結果はB判定からC判定に落ちていたけど、あまり気にしても仕方ない。

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