オカルトウィッチ魔女ビーム

朝乃日和

◆第1話:悶々ガール魔女ビーム

 進路とか、考えたくもない。

 このまま高校を卒業して、どこかそれなりの大学に入って、少しブラックな中小企業に就職して、そのうち普通に結婚する。……なんて人生はまっぴらごめんだ。


 とは言っても、何か特別やりたいことがあるわけでもない。

 縛られたくない。自由に生きたい。他人と違うことをしたい。ただ、それだけ。

 口を閉じて言われたことだけやるなんて、つまらない。そんな人たちが私は嫌いで、そうなりたくないだけなんだ。


 でも、そんなことを考えているうちに、風も肌寒くなってきた。高校二年も折り返しで、そう遠くないうちに受験勉強も本格的に始まってしまう。 


 そんな日々が続く中。

 私が光線銃を拾ったのは、十一月の金曜日、下校途中でのことだった。



     * * *



 ――光線銃、拾ってください。

 通学路そばの河川敷。捨て猫が入っていそうな少し湿った段ボール箱に、光線銃は捨てられていた。


 幼児向けの水鉄砲にパラボラアンテナをくっつけたような雑なフォルムを見た時は、何かのイタズラかと思った。グリップにテプラで貼られた「魔女ビーム照射装置」の文字に気付いたときは、冗談にしても意味不明すぎてリアクションに困った。


 だけど、何となく光線銃を手に取って、段ボールに向けて引き金を引いてみた。そしたらパラボラアンテナみたいな銃口から稲妻的な光が走って、段ボールに命中した。


 それから先のことは、なんて説明すればいいのかよくわからない。


「OHHHHH! おいおい、いきなり撃つなんてひどいじゃないかお嬢ちゃん。でもいいさ、俺は器の大きな段ボールなんだ。こう見えて昔はみかんのヤツを何十個も俺の中に入れていてね。それだけじゃない、実は――」


 そう、光線銃に撃たれた段ボールが流暢に話し始めた。側面に大きな口ができて、カートゥーンアニメみたいに箱全体がぐにょぐにょ躍動しながら、キザったらしく語りかけてきたのだ。


「――ん? オーケー? 聞いてる? そりゃ俺の話はコメディアンより上等だなんて口が裂けても言えないさ。それでも礼儀ってものがあるだろう? わかったら『はい』だ。そのくらいは――」


 私の頭がおかしくなったのかと思ったけれど、それより段ボールがウザかったので、私は河川敷を離れてさっさと家に帰った。ちょうど雨も降り出したし、そのまま濡れてしまえばいい。光線銃は、思わず持って帰ってしまった。捨ててしまえばよかったのに。



 それから頬をつねってみたり、クラスメートとLINEしたり、そのまま寝落ちしたりして、気付けば土曜の朝だった。そして私の枕元には、昨日拾った光線銃が転がっていた。

 そして結論から言ってしまえば、光線銃は本物で、昨日のことは紛れもない現実だった。


 この光線銃で撃たれたモノは、喋り出す。

 本を撃ったらその内容をペラペラ語り始めるし、部屋の壁を撃ったら小粋なジョークを披露する。机を撃ったらこの前なくしたヘアピンが机の裏に落ちているのを教えてくれたし、ベランダに来たカラスを撃ったら流暢に世間話をしていった。


 意味がわからないけれど、正直なところわくわくしていた。

 妄想していた非日常とはほんの少しだけ違うけど、これから何が起こるのか、これでどんなことをしようか、そんなことを土日の間ずっと考えていたりした。少年漫画みたいに面白いことに巻き込まれるんじゃないかって、そんな妄想も捗った。


 だけど特に何も起こらずに、また月曜日がやってきた。

 いつもの教室。いつものクラスメート。いつもの私。だけど、カバンの中には光線銃。


 男子は相変わらずバカな自慢話ばかりして、女子は恋バナとSNSの流行トーク。別に嫌いなわけじゃないし、むしろ好きなノリだけど、やっぱり何か物足りない。いつも友達に囲まれて、クラスの中心にいたりはするけど、どこか冷めてしまっている。私は前からこうだっけ。


 光線銃でちょっとした騒ぎでも起こしてみようと思ったけれど、何となくやめた。そのまま時間は過ぎていって、気が付いたら放課後だ。いつものように職員室に顔を出して、メタボ手前の担任からプリントの束を受け取った。クラスメートの里中は、三か月も前から学校に来ていない。だから幼馴染で家も近所の私が、毎週プリントを持って行っている。


 職員室を出たところで、ちょっとチャラめのグループからカラオケに誘われたりもしたけれど、気分じゃないので久しぶりに断った。光線銃を持ってきたせいで、いつものカバンが少し重い。


 里中の家は、高校から電車で三駅、駅を出たら私の家とは逆方向に徒歩五分。アパート二階のチャイムを鳴らすと、数十秒ほど間があって、里中本人が出てきた。今まではずっと母親が出てきていたのに珍しい。だけど、ドアにはチェーンがかかったままだ。


「ねえ、里中」


 三か月ぶりに会った里中は、やつれきった顔をしていた。ぼさぼさの髪で隠れているので少しわかりにくいけど、目の下に深いクマがある。髪や爪の手入れが雑なのは前から変わらないけれど、肌も普段より荒れているし、部屋着のパーカーもシミだらけだし、可愛い顔が台無しだ。


「……帰ってよ、コーちゃん。おねがい、あたしに関わらないで」


 里中は震える声で呟いて、ドアの隙間からプリントを掴み取る。


「もう、無理なの。電磁波がどんどん強まってるの。宇宙波動と共鳴してる。人工地震がもうすぐ起きるの」


 そう、里中は変わってしまった。

 小学校の頃からおしゃれに興味のないヤツではあったけど、ちゃんと自分を持っていて、好きなことに全力なのが見ていて清々しいほどだった。アニメや漫画や理系の話に詳しくて、私は何もわからなかったけど、話していると楽しかった。私も少し影響されて、少年漫画が好きになったりもした。自由にふるまう里中のことが、私はちょっとうらやましかった。


 だけど中学の途中から、里中は笑顔を見せなくなった。成績もトップだったのに、中の下にまでガクッと下がった。遊びに誘っても、断られるようになった。


 中高一貫だったからそのまま同じ高校には行けたけど、里中はどんどん暗くなった。何かに怯えているようにも見えた。ストーカーに狙われてるんじゃないかと思って話を聞いたりもしたけど、どうやら違うようだった。だんだん、里中と関わることも減っていった。


 そして三か月前に、ついに里中はおかしくなった。電波がどうだの宇宙がどうだの、よくわからないことを教室の中で言い始めたのだ。変な宗教か陰謀論にハマったのかもしれないけど、電磁波バリアシールなんかをクラス中に配り始めて、そのまま教室を飛び出した。


 それから、里中は一度も学校に来ていない。修学旅行にも来なかった。確か鎌倉は、里中が好きな漫画の舞台だったはずなのに。


「里中。あんたがもし変な人に何か言われてるなら、私が――」

「もう来ないで」


 言い終わる前にドアが閉まった。



 ひどくモヤモヤしたけれど、こんなところで棒立ちしても仕方ないので私は帰ろうとする。


 だけど私は思い出す。今の私には、あの光線銃があるんだった。そして運のいいことに、玄関前には一枚のレシートが落ちていた。プリントを奪い取られたとき、里中のパーカーのポケットからでも落ちたのだろう。ピザまんとカロリーメイトを買っただけのレシートだけど、大切なのはそこではない。レシートの日付は十月七日。つまりこのレシートは一か月以上も里中と一緒にいたわけだ。


 アパートを出たところで、持ってきたレシートにあの光線を照射した。そして、口が生えてクネクネ動くレシートに、ここ一か月の里中の様子を質問してみる。里中のことはきっと何かの間違いで、何かちゃんとした事情があるに違いない。


 こちらの事情を手短に話すと、レシートは気前よく質問に答えてくれた。まず、里中はやっぱりほとんど引きこもっていたらしい。


「あと、あのお嬢さんは変わったことも言ってましてね。『世界を救う準備をしなきゃ、あたしがなんとかしなくちゃ』って。自分、ずっとポケットに入りっぱなしでしたんで、声しか聞こえませんでしたが。だけどポケットの隙間からちょっとはみ出た時に見えたんっすよ。ありゃあ凄い。何せあのお嬢さんの部屋、壁も窓も全部アルミホイルで覆われてましてね。失礼かもしれないっすけど、あのお嬢ちゃんには関わらない方が吉ですぜ、姐御」


 ひとしきり話して役目を終えたレシートは、そのまま動かなくなった。



 それから家に帰っても、翌朝になっても、一週間授業を受けても、塾帰りにカラオケに寄りまくっても、このモヤモヤは晴れなかった。


 里中のことは、もう気にしないことにした。だけどそれはそれとして、教室の空気が受験モードになっていったり、親や担任との進路相談も増えてきたりして、どうにも居心地が悪くなる。このまま「普通」に呑まれてしまっていいんだろうか。私は何がしたいんだろうか。


 よくわからなくなって、非日常を感じたくなって、光線銃で遊ぶ時間が少し増えた。


 体育館裏の木に魔女ビームを照射して話を聞いたら、噂も聞かない隠れカップルを五組も知れた。中庭にある校長の銅像を通行人の背後で喋らせたりもしたけれど、これはちょっとイタズラにしても微妙すぎた。


 夜の校庭に忍び込んで最大出力の魔女ビームをぶっ放してみたときは、地面に大きな口が開いてゴールポストを半分くらい呑みこんだ。翌朝、下半分だけ地面に埋まったゴールポストが発見されて軽い騒ぎになったりしたけど、台風の翌日みたいな雰囲気でほんの少しだけわくわくした。


 でも、だけど、それだけだった。


 気付けば十二月になって、模試の結果も返ってきた。第一志望がB判定というのは、世間的にはそこまで悪くないんだろうか。里中の姿はあれからまだ見ていない。光線銃では今でもたまに遊ぶけど、正直なところ何に使えばいいかよくわからない。


 だけどこの日は、いつも通りでは終わらなかった。夕飯を食べて部屋に戻って、数学の宿題に魔女ビームを照射して、口頭で答えを教えてもらっていたときのことだった。


 突然、握っていた光線銃がサイレンみたいな警報音を鳴らし始めた。わけもわからずその場であたふたしていたら、床一面がスパークを起こしたみたいにバチバチ激しく光り出す。やっぱりこの光線銃はいわくつきの代物で、これからきっと何か事件が起こるのだろう。ああ、もうどうにでもなれ。


《転送指令受信。魔女デバイスの準備完了。これより、超常現象オカルト自動収容所へご案内します》


 よくわからない電子音声が、光線銃から聞こえてきた。

 そして急に足場が消えたみたいな感覚とともに、私はどこかへ落ちていった。

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