ハートストリップショウの演者ってどんな気持ち?

ちびまるフォイ

ちょっとだけヨ…?

「はぁ……今月はあと500円で生活しなきゃ……」


男はすっかり薄くなった財布を見てため息をついた。

ついつい、女の子の前でカッコつけたくなり散財してしまう。


「やあお兄さん、いいバイトがあるヨ」

「なんですか? 臓器売るとか」

「ハハハ、それバイトちがうネ。こっちヨ」


日本語が怪しい外国人に促されるまま地下の店に行くと、

カーテンで仕切られた向こう側ではステージが待っていた。


円形のステージには椅子とマイクが用意されていて、

ステージの周囲をぐるりと仮面をつけた観客が取り囲む。


「ここは……?」


「ハートストリップショウ、ネ。

 お兄さんみたいなうら若きティーンは需要あるヨ」


ステージに上がっている男は椅子に座ると、

マイクで自分の身の上のことを話しつつ、その時の気持ちを包み隠さず話した。


聞いていた観客たちは裸になっていく心の裡を聞いて、

ステージへお金をいれてゆく。これは簡単そうだ。


「俺もやっていいですか」

「ロンモチ、ネ」


前の演者の出番が終わり、男は緊張しながらステージに向かう。

気分はまるで落語家かすべらない話の芸人か。


といっても、話すのは笑える話でもためになる話でもない。


自分の取り繕わない裸の感情を生で話す。


「えっと、実は最近友だちと遊んでいるときに感じたことなんですけどね……」


話に夢中で後のことはあまり思い出せなかった。

ステージが終わる頃には足元に大量のお札が散っていた。


「すごいヨ。あなた才能あるらうネ」


「こんなかんたんに! いやぁ自分でも才能しか感じません!」


「日本人らしい遠慮とかはないネ」


男はそれまでのバイトの一切を辞めて、ハートストリップショウ一本でいくことを決めた。


「最近行ったガールズバーでの話なんですが……」

「実はめっちゃムカつく小さいことがありまして……」

「思わず泣きそうになった話を聞いてもらえますか?」


客は男が話す心の内面を聞いて、自分の失われていた感受性を取り戻す。

男は収入ほしさにひっきりなしに出演した。


人気があがるにつれ観客が増え、知名度があがると同時にネタの限界も見えてきた。


「やぁやぁ、今回も大好評だったネ。おつかれネ」


「はぁ、さすがにネタがなくなってきたよ。

 10年前とかの話をするのはだめなのかな」


「ダメよ。ダメダメ。客が聞きたいのは生きた感情ネ。

 昔の思い出話されても感情加工されているネ、面白くないヨ」


「同じ話とかは?」

「あなた記憶喪失思われるヨ」


「うーーん……お金も溜まっているし、少しネタを探すよ」


少し外を歩けば何かしら話すことのできる出来事も見つかるかもしれない。

近くのファミレスに入ると、隣の席からは男をチラチラ見る客がいた。


(ほら、間違いないよ)

(絶対そうだって)


有名人にサインを求めるファンというよりは、

クラスメートをいじめる生徒のような嫌な視線を感じた。


「あの、なにか?」


男は思い切って声をかけると、客はおずおずと答えた。


「あんた、ハートストリップする人だろ? SNSで顔が流れた」


「はぁ」


「恥ずかしくないのか、自分の裸の感情を見ず知らずの人に話すんだろ?」


「……別に」


「どう思われるか。どう解釈されるか。誤解されないか。

 自分の好感度が下がるんじゃないか。誰かを傷つけないか。

 自分の裸の感情を晒すってそういうリスクもあるのに?」


「ショウの内容は口外されないし」


「俺だったら恥ずかしくて死ぬね。

 あ! 俺のことはショウで話さないでくれよ!?」


男は気分が悪くなって頼んだメロンソーダも受け取らずに店を出た。

自分がハートストリッパーで知名度を得てからは友だちも付き合いが悪くなった。


誰もが男の口から暴露されることを恐れた。


裸の感情を話すということは、自分が知らない相手の姿や感情を

まったく見ず知らずの人に話されるのを恐れた。


一緒にいるときはあんなに楽しんでいる風だったのに、

ショウに出たとたんに実はものごく嫌がっていたことが暴露されるのではないか。


「お前ハートストリッパーなんだろ。もう遊ぶのやめるわ。

 お前と一緒にいると、俺もなんか暴露するんじゃないかって思われるし……」


男の周囲からは人が離れて行ってしまった。


「もうこの道しかない……」


男はますますハートストリップ一本で勝負することを決めた。


「おかえりネ。久しぶりヨ。ネタできたアル?」


「まぁ、そこそこ」


男はスポットライトの下に出ると今日の舞台を終えた。

控室に戻ると、知らない人が待っていた。


「あの、どちら様……?」


「こちらハートストリップ会のボスヨ。

 あなた紹介してホシイ言われて今日来たのヨ」


「どうも。私はコン・ドルレオーネ=やすしという。

 君の噂は聞いているよ」


「ど、どうも……」


「今日は君をスカウトに来たんだ、

 実はハートストリッパーたちを集めてユニットを結成しようと思ってね」


「ゆ、ユニット!?」


「アンダーグラウンドな人気に反してハートストリッパーは蔑まれている、

 ユニットを通じて表舞台に出して立場を向上させようと思ってね」


「この人プロデュース間違いないネ、きっと成功するヨ。

 今以上に大人気間違いなしネ」


「君も今以上の人気になるだろう。そうなれば芸能界に仲間入りだ。

 日常生活を切り崩すことなく、毎日刺激的でネタにこまることもない。

 収入もファンも増えること間違いなしだ」


「今よりも……」


スカウトマンは男の前に手を差し出した。


「どうかな? 私と一緒にハートストリッパーグループに入ってくれないか。

 グループ名も決めているんだ、HDK-GENERATIONS48-トライブ。君はきっと輝ける」


「俺は……」


 ・

 ・

 ・


それから数日後にグループはデビューして大人気となった。


なんでもネットで見つかる現代だからこそ

そこでしか聞けないストリッパー達の心の内情を誰もが聞きたがった、


テレビでもゲストに呼ばれてハートストリッパーの立場は向上した。


かつては何でも口外する悪口野郎だったが、

今はファミレスに行けばサインを求められる人気の仕事となった。


「あーーあ、ホントもったいないネ。どうして断っちゃうかナ」


「まだ言ってるんですか」


「テレビ見てヨ。こんなにもグループで活躍してるのヨ。

 あのときの話を受けておけば、アナタもう人気間違いなしだったヨ。

 こんなおいしい話、どうして断るのヨ!?」


「そりゃ断りますって」


男はにやりと笑った。



「どうして断ったのか、俺の心の内をみんな知りたくなるでしょう?」



男のハートストリップショウには客が耐えることはもうない。

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