第18話 嫉妬と不安と好きと幸せと

 ねぇ幸子さん、今日本当に先輩との約束行っちゃうの?ねぇ幸子さん、私の不安どうしたらいい?そんな言葉が何度口から出そうになったことか。その言葉を押し殺して我慢して、幸子さんの家にお泊りした次の日、昼頃私は幸子さんと別れて帰宅した。

 今日は会社も休み。けど、幸子さんのことを考えると憂鬱でしかない。夜先輩とどんなこと話すのだろう。先輩のことだから、幸子さんに猛プッシュするんだろうな。先輩の良さに気付いてしまったら幸子さんだって好きになるに決まってる。だからどうしても行かせたくなかったのに。

 私が行かないでと言ったら幸子さんは優しいから困った顔して行かないでいてくれるかもしれない。でも、私の我儘を幸子さんに押し付けるのはやっぱりおかしい。それに幸子さんは先輩に聞きたいことがあると言ってた。幸子さんは先輩が幸子さんのことが好きだと知らないからそんなことが言えるのだろう。先輩が幸子さんを好きなんだと教えたら良かった?でもそれも私が言うことじゃない。もう、どうしたらよかったんだろう。


「もう!」


 幸子さんのことばかり考えて時間が過ぎて行った。何もする気が起きなくて、ベッドにゴロゴロしていた。目を閉じても幸子さん。開いているときはスマホをいじって幸子さんから連絡が来ていないか確認する。その作業を何回したことか。この際先輩に聞いてみようかとも思った。そのうちお腹の音で夕飯でも食べるかと冷蔵庫を開けてみたけど、食べられそうなものが入ってなかった。今日はコンビニ飯にするかと財布とカギを持って近所のコンビニに行くことにした。


「あら?上野さん?」


 声を掛けられて振り向くと同じ部署の先輩である女性だった。


「あ、佐々木さんこんばんは。」

「買い物?」

「はい。今日は楽してコンビニ飯でと思いまして」

「ははは。休みだと余計にね。私もよ」


 そう言って手に持った弁当を見せてくれる。結構がっつり弁当である。肉肉しいお弁当食べるんだなと意外に思う。彼女は会社ではヘルシー志向かと思っていたのだけど。あれは会社向きだったのだろうか。色々あるんだなと思って佐々木さんの手に持つ弁当を眺めていた。


「ついさっきなんだけど、佐伯さんと清水さん見かけたんだよね。」

「え?」

「あの二人付き合ってるの?清水さん狙ってたのに佐伯さんに獲られたかぁ」


 会社で噂好きの女性と言えば佐々木さんが浮かぶくらいの人物に見られてしまっていた幸子さんと先輩。これはまずいと思い、佐々木さんにはきちんと事実を教えねばいらぬ噂を立てられかねない。


「付き合ってはないみたいですよ」

「え?ほんとに!?」

「本当です。佐々木さん頑張って下さい」

「頑張るわ!」


 ふんす!と聞こえそうな手振りでガッツポーズをした後、佐々木さんはレジにガッツリ弁当を持って行った。佐々木さんには申し訳ないけれど、先輩は幸子さんが好きなのを知ってたからごめんなさいと心の中で謝った。


 幸子さんと先輩さっきこの辺にいたんだと思って、知ってはいたけど心がざわつく。弁当を適当に選んで、飲み物は今日はお酒にしようかなと酎ハイを2本買って家に帰った。


 弁当を食べ終えシャワーを浴びてから酎ハイを飲むことにした。飲まなきゃ考えてしまう。飲んで寝てしまおうと思ったから。いつから私はお酒に逃げるようになったのだろう。社会人になってから?いや、たぶん学生の時からか。大学で好きな人ができてから失恋した時だったか。失恋と言っても無言の失恋だったけど。何もしてなくて失恋もなにもあったものじゃないなと今では思う。勝手に失恋して勝手に傷ついて荒れて飲むということが多かった。お酒に失敗した時はいつもそういう時が多かったように思う。私って結構恋愛体質なんだろうか・・・?


「寝よ」


 少し早いが寝ることにした。ほどよく酔っているから今なら寝れそうな気がする。ベッドに入ったところでアラームを消し忘れていたこと気付きスマホを手に取る。明日も休みだ。月に2回の連休2日目である。アラームを消して天井を見上げた。そこに着信音が鳴った。ビクッと反応してしまった。


「幸子さん?」


 表示されているのは幸子さんという文字。慌てて電話に出た。


「もしもし」

「雅美ちゃん起きてた?」

「今寝ようかとしてたとこです。」

「今から行ってもいい?」

「え?うちにですか??」

「ダメなら明日でもいいけど」

「ダメじゃないです!いいですよ来てください」

「じゃあ、行くね」


 ベッドから飛び降りて慌てて部屋のチェックをした。マズい。今日何もしなかったから色々ぐちゃぐちゃだ。幸子さんが来る前にと慌てて部屋を片付けた。


 インターフォンが鳴ったのはちょうど片付けが終わったころだった。ギリギリセーフである。


「ごめんね。びっくりしたでしょ?」

「いえ、大丈夫ですよ」


 幸子さんは余所行きの恰好だった。そりゃそうか今日先輩との約束だったから。ふわっと香る幸子さんの匂い。今日は香水つけてるんだなと思う。普段はかすかに香るくらいの匂いなのだけど、休みの日は少し濃く感じるんだよね。デートの時に感じたこと。そっか、ある意味今日は先輩とデートだったんだよね・・・そう考えてしまったら何だかとてもモヤモヤした。でも表情には出さないようにしないとと思って幸子さんに座ってもらって私は何か飲み物を用意しようかなと台所に向かおうとした。


「雅美ちゃんも飲もう?」


 そう言って幸子さんはカバンからビニール袋に入った酎ハイを取り出した。それも4本。通りで幸子さんのカバンなんか膨らんでると思ってたんだ。


「どうしたんです?何かありました?」

「うん。ちょっとね。」


 飲むことに関してはもう飲んでいるということもあって一向にかまわないのだけど、幸子さんがこう「お酒飲もう」と言ってくるのは珍しい。きっと何かあったんだと思った。


「先輩とですよね?」

「そう。清水さん。」

「で、どうしました?」

「私勝てる気がしなかった。負けたくないのに」

「え?どういうことです?」


 なんだか全くわからない内容だった。幸子さん今日先輩とデートだったんじゃないの?勝つの負けるのって何かの勝負でもしたのだろうか。


「幸子さん。」

「うん?」

「とりあえず飲みましょう」

「そうしよ」


 缶酎ハイで乾杯してから、幸子さんの話を聞くことにした。


「それで、なんの勝負です?」

「どっちがわかってるか」

「なにを?」

「雅美ちゃん」

「え?私?」

「だから、どっちが雅美ちゃんをわかってるか勝負したの」


 私をわかってるかどうかとかデートとなんの関係があるのだろう。ますますわからな過ぎて先輩にも後から聞くことにした。


「それって何か意味があるんです?先輩幸子さんにアプローチしてきたでしょ?」

「ある意味アプローチだったんじゃない?」

「は?」


 幸子さんの目がちょっと座ってるのは怒ってるから?酔ってるから?アプローチされたのに何でこういう話題?


「悔しいけど、雅美ちゃんのこと清水さんわかってるよね」

「まぁ一応教育担当でしたからね先輩」

「何かすっごくモヤモヤしたの」

「それは・・・ん?もしかして」


 モヤモヤしたって自意識過剰じゃないよね?それってもしかして私のこと・・・


「でも、決めたの。私雅美ちゃんの一番の理解者になりたいからこれから頑張るって」

「幸子さん、間違ってたらごめんなさい。それって、もしかして妬いてくれたってことで合ってますか・・・?」

「そうなの。私、雅美ちゃんのことすっごい好きみたい」


 さらっと告白!?ちょっと落ち着け私。まだわからないからちゃんと聞かなければ。心臓がドキドキと音を立てているのがわかるけれど深呼吸して冷静に話さなければ。


「えっと幸子さん落ち着いて下さい。先輩に何を言われたのか教えてもらってもいいですか?」

「落ち着いてるよ?私結構お酒強いの。これ言ってもいいのかな?清水さんのプライベートのことだから。」

「先輩のプライベートのことはどうでもいいので教えてください」


 先輩のプライベートなんてどうでもいい。乗り出すようにして私は幸子さんにずいっと近づいた。


「清水さんはね、雅美ちゃんのことちゃんと見てるの。清水さんから言われちゃったんだ。雅美ちゃんのことちゃんと考えてるのか」

「え?それって先輩、私が幸子さんのこと私が好きだって知ってるってことですよね・・・」


 先輩にそんなこと言ってなかったよね?私先輩には言ってなかったはずなんだけど。


「前、酔った時あったでしょ?清水さんの家に泊まった時に聞いたらしいよ。この前、酔って雅美ちゃんから電話かかってきたこと言ったでしょ?その時電話で清水さんから聞いたの。」

「そうだったんだ」


 全く覚えてない。でも、幸子さんの言ったことは私が先輩といた時に電話して先輩が私のスマホで幸子さんに教えたんだろう。いったいどういう流れでそういう話になったのか気になるけど、それは後にしよう。


「私カッとなっちゃった。あなたには言われたくないって清水さんに言ったの。そしたら、じゃあ僕がもらってもいいですねだって」

「へ・・・?」

「ごめんね。私が不甲斐ないから雅美ちゃんにこんな思いばっかりさせちゃって。でも、やっと返事できそう。ちゃんと言うね雅美ちゃん。」

「はい。」

「私と付き合ってくれる?」


 幸子さん今何て言った?待って、本当に?それってさっきの話聞いた感じだと本当に私のこと好きってこと?


「返事くれないの?」


 不安そうに私を見つめる幸子さんにあっと気づく。


「もちろんです!!よろしくお願いします!」

「ふふ。よかったぁ」


 安心したのか笑顔で酎ハイをくいっと飲む幸子さん。どうしよう。本当に付き合うことになってしまった。私好きな人と付き合うの初めてだ。すっごい嬉しい。


「幸子さん。あの大好きです。」

「私も雅美ちゃんのこと大好きよ」


 やっぱり好きと言ってもらえる。でもこれは前の好きとは違うんだよね?でも「まだちょっと不安だ。だって言葉だけなら言えちゃうと思うから。


「幸子さん信じていいんですよね?」

「え?私って信用ない?」

「ちがっそうじゃなくて好きな人と両想いなのが信じられなくて。まだ不安というか」

「じゃあ、おいでこっち」


 そう手招きされたので幸子さんのそばに行くと幸子さんがまじまじと私の目を見る。照れてしまって下を向きそうになってるところに幸子さんが私の視線を追いかけてくる。目線を離させてくれない。


「雅美ちゃん好きよ」

「!」


 そんな真剣な目で言われるとどうしたらいいのかわからない。手汗がやばいことになってるし。そしたら、幸子さんが私の両頬を手で優しく包んだ。これで下は向けない。恥ずかしいんですけど幸子さん。そして優しくキスをしてくれた。そしてふふっと優しく笑う。キスされた・・・!?どうしよう嬉しすぎて泣きそう。


「幸子さーん!」

「心配しないでって言ったでしょ?ちゃんと清水さんと話したらちゃんと言おうって思ってたの。ごめんね遅くなって」


 泣きながら幸子さんの言葉に必死で首を振った。そしたら優しく幸子さんは抱きしめてくれた。幸せすぎて爆発しそうだよ幸子さん。こんなの初めてでどうしていいのかわからない。幸子さんは嬉し泣きする私を優しく包んでくれたのだった。


「雅美ちゃん、私会社辞めようと思うんだ。」

「え!?」

「会社立ち上げようと思ってるの。」

「会社を?」

「そう。これはね結婚するならやめようと思ってたのだけど、雅美ちゃんと付き合うことにして男性には負けてられないじゃない?だから決めたの。応援してくれる?」


 幸子さんの決意は固いようだった。私と付き合うなら会社を立ち上げるというその意味を深くは理解が今はできないけど、幸子さんなら会社立ち上げることもできそう。何といってもこの人は超人なのだから。私は応援すると幸子さんに答えた。


「ちゃんと幸せにするからね雅美ちゃん」

「幸子さんやばいすっごくカッコいいんですけど」

「まだよ。成功させてみせるから。先輩ちゃんと見守っててね」


 ちょっとの間の先輩だったけど、ちゃんと先輩できてたのかな私。でも、次からは私は幸子さんのパートナーだ。しっかりしなくちゃね。


「わかりましたちゃんと見守ります。」


 涙を拭いて返事をしたのだった。





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