第17話 お泊りと不安と
会社に出勤してから幸子さんを探した。まだデスクには幸子さんがいないということはまだ出勤していないということだろう。会社からは私の方が近いので早く着いてしまうのは分かっていたのだけれど、今朝のこともあって落ち着かず、ダッシュでシャワーを浴びて身支度を整え家を出た。幸子さんと顔を合わせてちゃんと話したかったから。
出勤の途中、明日は休みだからもし幸子さんが予定がなければ食事に誘うことにしようと決めた。メッセージを送るのも考えたけれど、幸子さんの顔を見ながら反応を見たくて直接いうことにした。それは、少し不安だったから。電話で怒ってて許してはくれたとは思うのだけど、いつも通りに幸子さんが接してくれるのか不安だったからだ。だからちゃんと言葉で言いたかった。話して確かめたかったから。
しばらくすると幸子さんが出勤してきた。いつも通りのさわやかな笑顔をこちらに向けてくれたので一安心した。そして、やっぱり幸子さん好きだという気持ちが溢れてくるのが自分でもわかる。
「おはようございます。上野さん早いですね。」
「おはようございます佐伯さん。朝から嬉しいことがあったので」
「嬉しいことですか?」
「そうですね。私には嬉しいことでもありました。けど、ちょっと不安でしたけどね。」
うん?と納得していない幸子さんを見ながら思っていた。何より幸子さんが心配してくれたことは事実で、怒ってはいたけれど、それは私のことをそれだけ気にしてくれているから。なにより、さっきの不安も幸子さんの笑顔を見ただけで吹っ飛んでしまうのだ。
「あの、明日空いてます?よかったら食事でもどうでしょう?」
「夜は予定があるんですけど、ランチならいいですよ」
「少し話したいと思いまして今朝のことで」
そしたら、幸子さんが少し考えたのか間があった。
「どうかしました?」
「それなら今日がいいなと思いまして。後でメッセージ送りますね。」
「あ、はい。私は今日でもいいんですけど。待ってますね。」
しばらくして私のスマホにメッセージが来ていた。
「今日家においで?」
幸子さんのお家へ来いということだった。それを見て私は喜んでいた。そしたらまたメッセージが来た。幸子さんから。
「よかったら泊まる?」
えっと・・・。一気に気持ちが昂る。泊まるのかだと?どうしたんだろう幸子さん、何か今日は積極的?いやいや、勘違いだろう。自意識過剰もいい加減にしないと。幸子さんだったらあり得ることだと思いなおす。じゃあ、着替えを持って行くため一度家に帰ってから行きますと返信を送った。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
出迎えてくれた幸子さんはルームウェアにエプロン姿だった。やっぱり幸子さんのエプロン姿は大好きだ。今日も手料理をごちそうしてくれるらしい。もう何度目かになる幸子さんの家だけどやっぱり素敵だ。一人暮らしの大人の女性の家だ。幸子さんに気付かれないように思いっきり幸子さんの家の匂いを吸い込んだ。幸子さんの匂いが全身に行きわたるように。
「雅美ちゃん着替えてきたんだね。お風呂先に入る?ご飯が先がいい?」
幸子さんが料理をしながら聞いてくれる。最後のお決まりの「それとも私?」という言葉が聞けないのはやっぱり残念だけど、そんなのまだまだ先の話だと思いながら、家主より先にお風呂に入るのはどうかと思ってご飯を先にということにしてもらった。
「雅美ちゃん、今朝二日酔いにはならなかったの?」
「あ、大丈夫です。私二日酔いにはならない体質みたいで」
「そうなの?じゃあお酒には結構強い体質ではあるんだね」
「そう言われてみるとそうかもしれないですね。」
そんな会話をしながら幸子さんの料理している後ろ姿を眺めていた。幸子さんに自分も手伝うと言ったのだけど、「雅美ちゃんは座ってて」と笑顔で言われてしまったので私はソファーに腰かけながらの会話である。
「あの、幸子さん?」
「ん?」
こっちを見ていない幸子さんに今朝のことを聞いてみようと思った。
「今朝ちょっと怒ってましたよね?」
「うん・・・ちょっとね」
「やっぱそれって私が飲み過ぎたからですよね?」
「まぁそれもあるかな。」
「もって何です?」
「それは私が悪いからいいの」
「?」
それ以上は聞いても教えてくれなかった。「お酒は今日は禁止ね」と言われてしまったので、今日は普通にご飯を食べてお風呂に入って就寝するという流れであろう。というかそれしかないのだけど。
「美味しかったですごちそうさまでした。」
「ふふ。じゃあお腹が落ち着いたらお風呂入ってね」
そう言って幸子さんは食器を片付けようとしたので片付けくらいはさせてくださいと幸子さんに言って食器洗いは私がさせてもらった。
「お風呂溜めたから入っていいよ?」
「いや、幸子さんが先にどうぞ?」
「じゃあ一緒に入る?」
「ちょ、じゃあ先に入ります。」
湯船につかりながらさっきの幸子さんの悪戯っ子みたいな表情を思い出していた。わかっててやってるよね幸子さん。大人で余裕があってちょっと意地悪。もう幸子さんの馬鹿・・・幸子さんは今は私に色々な表情を見せてくれるようになった。相変わらず優しいのは変わらないのだけど。
「幸子さん次どうぞ」
「うん。入ってくるね」
ドライヤーをお借りして髪を乾かす。幸子さんがお風呂に入っている間、テレビを観ておくことにした。あ、このドラマ毎週見てるやつだと思い、テレビに集中していた。こういう展開になる?それ可哀想すぎじゃん?
「ど、どうしたの雅美ちゃん」
「え?うわっっとすみません。ドラマです。可哀想過ぎて。上がったんですね」
感情移入しすぎて泣いてしまった私を見て驚いた幸子さんが気づけば隣まで来ていた。
「雅美ちゃん可愛いんですけど」
「え、可愛くないです」
幸子さんが私の隣に座ったかと思うと、よしよしと頭を撫でてくれる。完全に子供扱いである。でも嬉しいからそのまま撫でて欲しいから嫌とは言わないけど。
「もう寝よっか」
「そうですね。こんな時間ですし」
「じゃあ、ベッド狭いし、布団敷くね」
「はい。すみません。」
布団を敷いてもらってから布団にもぐり込んだ。幸子さんはベッド使ってもいいよと言ってくれたけれど遠慮した。電気を消してお休みと言ってからしばらくしたころだった。
「雅美ちゃん起きてる?」
「起きてますよ」
「雅美ちゃん今日言ってたじゃない?清水さんが私を誘うって。」
「はい。」
「それね、私明日誘われてるの」
「え!?」
思わず起き上がった私に幸子さんは少し驚いて、幸子さんももう少し話をしよっかと言ってからベッドから出てきた。
「今日言ってた明日の夜の予定って先輩だったんですか?」
「うん。そうなんだ。」
「幸子さんは・・・先輩のこと」
「そうじゃないの」
「だって、じゃあ、なんで行くんですか・・・」
困ったみたいな顔して幸子さんはこっちおいでと私にベッドに来るように言った。それに素直に従うと、幸子さんは私の顔を両手で包むようにして触れてきた。
「心配しないで」
「でも・・・」
「そういうんじゃないから、ちょっと私も聞きたいことがあるの清水さんに」
「聞きたいこと?」
「うん。今は言えないけど、あとでちゃんと言うから。」
「・・・わかりました」
不安だけど幸子さんが言うから私はそれを信じるしかない。とてもモヤモヤするけど、幸子さん取られないよね・・・?そもそも私のじゃないんだけど・・・。幸子さんに優しい笑顔でそんなこと言われると言えないよ「行かないで」何て。
「じゃ、今度こそ寝よ」
「あの・・・」
「うん?」
「一緒に寝てもいいですか?」
「ふふ。なんか雅美ちゃん甘えん坊?」
「ダメです・・・?」
「あーやっぱり可愛い。おいで」
そう言ってベッドに入れてくれる幸子さん。幸子さんは心配しないでと言ったけど不安でどうしようもなくて。私が幸子さんのこと好きなの知ってるから不安だろうから言ってくれたのだろうけど、それでもやっぱり不安。先輩は幸子さんのこと好きなのに幸子さんはどうして先輩の誘いに行くことにしたのだろう。そんなことばかり考えた。隣を見ると幸子さんが横で寝てる。幸子さんどうして?心の中で尋ねたけど、返事はあるはずもない。今日寝れないかも・・・。幸子さんの匂いに包まれながら、そうは思ったものの意識が薄れていった。
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