混沌の鎮魂歌

黒芝 百次郎

第1話 序章

 これを悪夢というのであろうか?私は最近同じような夢をみるようになった。だいたい同じシチュエーションであり、登場人物も同じである。 

 大粒の雨が鉄板の屋根に打ち付けられ、パラパラと音を立てる。折からの強風と大きく揺れる車体、不安定な道路の状態が重なり、私は恐怖を悟られぬように運転している男に話しかけた。

 「ひどい天気ですね。おまけに真っ暗で何も見えません。」

 「余計なことを話すな。」男はぶっきらぼうに答えるとハンドルを握る手に力を込めたように見えた。街灯ひとつなく、舗装もされていない山道を、延々と走り続けている。我々が目指しているのは、東京にある軍事施設とだけ聞いていた。後ろの荷台には小銃を携えた仲間が数名、キャンバス地で覆われた幌の中で向かい合わせに座っている。これだけ厳重に運ばなければならない荷物は一体何なのだろうか?私は考えていた。仲間と一緒に荷台に積み込まれたのは厳重に封をされた革製のかばんが二つ、金属製の大きな箱が一つである。

 「中身は極秘である。余計な詮索はせず、諸君らは命令通りに作戦を遂行すること。くれぐれも安全に目的地まで運んでほしい。」基地を出発する際、亀井という少佐から命令を受けたが、今運転席にいる男以外の者は、運んでいるものの中身、行先、受取人などまったく知らされてはいない。この男は、私たちとは少し違う軍服を着用しており、上官であるようにみえる。しかも命令書の詳細を知っているであろうこの上官も「大尉」とは呼ばれていたが、どのような人物であるのか、私を含めて仲間たちも知らされていなかった。私に分かっているのは、今が昭和二十年の八月十四日、午後十時ごろであることと、私が安藤雄介であること、大雨の中、山の中を走っていることのみである。

 時折、車が大きく揺れて荷台の仲間や極秘の積み荷が大きく音を立てる様子が伝わってくる。彼らも恐らく、私と同様、不安な気持ちでいっぱいであろう。何しろ数日前に広島と長崎に新型の爆弾が投下され、我が国の将来はいかなるものか?この時期に「極秘」の荷物を運び、それが命令通りの場所に着いたとき、我々の運命は、ただで済むことはないと出発前のわずかな時間に仲間たちと話し合っていた。中身を「極秘」にしていてくれたのは、軍上層部から我々へのわずかな心遣いだったのか?

 しばらく走っていると、急にエンジンの音が軽くなり、スピードが徐々に上がってきた。真っ暗で見えないが、下り坂に差し掛かったようだ。そして、そのスピードはどんどん上がっていき、カーブでは車体が大きく傾き、タイヤは横滑りをはじめた。『ブレーキが利いていない』そう思ったとき、車は谷底に真っ逆さまに落下していった・・・。ここでいつも目が覚める。私の枕もとでは、目覚まし時計がけたたましく鳴り響いていた。

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