62話 第四の謎謎(二股大根ふたたび)

 その晩、篠井里哉は第三の謎謎をどのように解いたかを倫太郎へ語った。

 おふくの実家福籠ふくろう屋での絵解きの次第。その後、同じ花六軒長屋に住む女医者お凛の兄、燿太郎を訪ねたこと。


は、てっきり吉原に関わりがあると思っていたのです」

 いつの間にか、からになっている。

 倫太郎の笑顔に、里哉は奈良茂の跡取り息子と玉菊太夫との逸話を語り始めた。


 偶然とはいえ、近々同じ話題が重なることに、倫太郎は驚いていた。


「そうして、絵解きはこうなりました──哀れなり、玉菊、奈良茂、万字屋、河東節」

「なるほど。確かに吉原に関わりありそうだね」

 しかし燿太郎は、第一、第二の謎謎についても尋ねたあと、あるものを探してくるように言った。

「何をだい」

「講元になった商家の一覧があるはずだから、会所で確認してほしいと」

 もしなかったら越後屋へ行けといって、知己だという二番番頭宛に一筆認めてくれた。


 里哉は取って返し、日本橋瀬戸物町にある〈謎謎百万遍〉の受付会所を訪ねた。行列を乱すのも気が引けて、辺りをうろうろしていると声を掛けられた。

 初日に受付と第一の謎謎を示した、備前屋のお仕着せの男だった。


「どうなさいました」

  里哉は渡りに船と、講元一覧はないかと尋ねると、

「ございます」

 男は嬉しそうに笑み、会所の奥から一枚の刷物を持って来てくれた。

「こちらです。──よいところに目をお付けになりましたね」

 小声で言って、


「これを渡してくれたのです」

 里哉は紙を広げて見せた。

「まるで番付だね」


 真ん中に日本橋本町通りを引き、左右に店の名が連なる。枠の大きさは〈謎謎百万遍〉講への出資の大きさか。越後屋がひときわ大きく頂上に、第二の謎謎であった「玉屋」も、隅の方の小さな枠に兎らしい屋号紋とともに載っていた。


「燿太郎さんは、まず、講元を疑えと」

「どうしてだい」


──考えてもごらんな。それほど話題の無尽講なら、多少の金子を払ったとしても、店にとってはよい宣伝になる。江戸中に知れ渡るんだよ。それに、あの越後屋が噛んでるなら、ただの無尽のわけがない。


「近頃は多いそうです。『外郎売ういろううり』という芝居でも、薬屋の丸薬が大いに宣伝されていたそうで、おふく殿が言うには、演じた團十郎がすてき!とかなんとか」

 口真似をしたことに気付いた里哉が、ひとりで赤くなっていた。

 倫太郎は、ざっと店の数を見積もった。八つの謎解きを十遍やっても余るほどだ。本町に限らず、日本橋から神田にかけて広く商家が連なっている。思っていたよりも、大掛かりなものらしい。


「ならば、この八二という数にも意味がありそうだね」

「はい。燿太郎さんも、いく通りかある組合せの一つだろうと」

 里哉が持ち帰る謎掛けには、いつも朱書きで「八二」と記されている。


「それで、どこの店だったのかい」

 里哉は会心の笑みを浮かべた。厚い雲から出てきた満月が、莞爾と微笑んだようだ。

「ここです」

 指差したのは、真ん中から少し下の『日本橋小網町釜屋』。


「釜屋? 鍋釜の、あのかい?」

「はい、本来は鋳物屋だそうですが、最近、もぐさで有名な店だそうです」

「ああ、なるほど」


 倫太郎は、吉原の玉菊太夫の逸話を思い出す。

 病の太夫は、河東節を聞きながらやいとを据えたいと訴えた。馴染みの奈良茂の若旦那は中万字屋を総揚げし、太夫の望みを叶えてやった。衆目のなか鯔背いなせな江戸浄瑠璃を聞きながら、玉菊太夫は悠々と治療に専念し、無事本復したというのである。


「玉菊、奈良茂、万字屋、河東節が揃いました。あとは治療のやいとです。もぐさを扱い最近名をあげた店。しかも〈謎謎百万遍〉の講元に連なる店といえば」

「日本橋小網町釜屋、なんだね」

 里哉は頷く。


「実は、私も半信半疑で行ってみたのです。しかし三番目の謎の絵解きを見せると、すぐにこれを渡してくれました」

 と、二股大根の画を示す。


──なにゆえ二股なるや


 添えて一行。それのみであった。





 里哉が四つ目の謎解きへ進んだことは、瞬く間に近所へ知れ渡った。


 初回に挑む行列は多く長いが、実際、解き進んでいる者は少ないようだ。


 話を聞かせてほしいという、何処の誰だからわからぬ男がやってきて、瓦版よみうりにするから金子を払えだの、近所の嬶連中の応援部隊が結成されただの、にわかに身辺が騒がしい。


 長屋の面々はいつもと変わらず、「あんた、責任重いわよ」と女医者のお凛が言えば、「十両当たったら、吉原に連れてってやるぞ」と坊主の真慧しんねが揶揄う。八卦見の小川陽堂は「占ってしんぜよう」と筮竹を出してきて、おふくはといえば欲しいもの一覧を作りながら、ああでもない、こうでもないと大根の絵解きに注文をつけている。


 当の里哉は、二股大根と講元一覧を見比べて唸っていたが、何も浮かばない。さすがに八百屋ということはないだろう。


 そうこうするうちに三日、なにひとつ進まず過ぎていった。期限は今月、七月いっぱい。





「里哉さん! わかった!」

 四日目の朝に飛び込んできたのは、やはりおふくだった。




(続く)





 

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