第四章 雲の旗手
50話 二股大根の謎
霊岸島は南新堀にある青物屋(八百屋)の店先でに立ち、かれこれすでに四半刻(約三十分)になる。
「里さん、まだかい」
店番の婆さんは、いい加減うんざりしてきたようだ。
「待ってください。もうちょっと」
この若者、名は篠井
さて、その里哉である。
住居である川向こうの棟長屋、通称花六軒からこの青物屋までは、歩いて四半刻(約三十分)あまり。近所の深川門前町一丁目にも、青物屋は掃いて捨てるほどあったが、この店を訪れるには「
ひとつ目は、
二つ目は──。
「なにゆえ二股なるや、か」
里哉が凝視しているのは、少し変わった大根だ。
夏大根ながら、なかなかの太さ。葉も萎れかけてはいるものの、まだまだ青々とした練馬の産だが、なんと、しっぽが二股なのだ。先三寸ばかりが足のように開き、開くばかりか、いまにも歩み出しそうな様子である。さらにその腰のくねりようがなんとも
青物屋では「おひろいだいこん」と銘打って、
里哉は見物客が途切れるのを待って、飽きもせずに眺めている。眺めているというより目線を合わせ、細部まで検分ように、立てかけた大根の周りをぐるぐると巡っているのだ。
「なにゆえ二股なるや、なにゆえ二股なるや、なにゆえ二股なるや……」
「里さん。その念仏、いい加減気味が悪いからやめておくれよ」
店番の婆さんは、白湯を啜った。
「すみません。ちょっと……」
「わかってるよ。あれだろ。あれ」
「ええ、あれなんです」
里哉はため息をついた。
「で、うちのはいくつ目だい」
「四つめです」
店番の婆さん──お千は湯呑みを取り落としそうになった。目を見開いて仁王立ちになると、興奮に鼻息が荒くなっている。
「おまえさん、もう四つめなのかい!?」
「まだ、四つめです」
里哉はうわの空で答え、懐から拡大鏡を出す。
お千はその姿と二股大根を見比べ、大きく頷いた。ひとりで。
「わかった。このお千に任せておきな」
矢立をふるい、店先に「売り切れ」と貼紙をする。
「おっかさん! 何やってんだよ!」
「腐っちまうだろ! なんで……」
と、大根を手に取り、見入っている里哉に気づく。
「あれだよ。うちで四つめだとさ」
とたん、太助も商売道具を放り出した。
「さすが、おっかさんだ!」そうして里哉へ「里哉さん! 気の済むまで大根と勝負してくださいや!」
「はい、ありがとうございます」
当然、上の空である。
太助はお千と並んで座ると、息を殺して里哉と大根の勝負を見守った。
(続く)
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