14話 〈白〉の正体

 定町廻り同心堤清吾が、二木倫太郎を伴って、日本橋小網町河岸かしの廻船問屋和久井屋わくいやを訪ねたのは、その日の八ツ(午後二時頃)過ぎだった。


 通りの賑わいはいつものことながら、和久井屋の店先だけが妙に静まり返っている。

「旦那」

 角から御用聞きらしき中年の男が現れ、堤に耳打ちした。

「ありがとよ」

「旦那もご苦労さんで」

 倫太郎へちらりと目をくれると、留蔵は足早に立ち去った。


「──ごめんよ」

 暖簾をわけて土間に踏み入ると、畳敷の店先に大勢の使用人が集まっていた。恐る恐るといった態で、奥の方を覗き込んでいる。

 なにやら大声で言い争っているようだ。

「どうした」

 町廻りと一目でわかるりに、ほっとしたような、困ったような表情が浮かぶ。多くの視線が、店の奥と堤の間を行き来した。

「南町の堤だ。勝手に上がらせてもらうぞ」

 年嵩の番頭らしき男の制止を払い、倫太郎へ顎をしゃくる。

「よいのですか?」

 あくまでも行儀がいい。

「奥で物音がする。盗賊かもしれねぇ」

「ああ、確かに」

 倫太郎は、にこりとした。


 座敷をいくつか抜けると、蔵と離れ座敷へ続く渡り廊下があった。いさかう声は、観音扉の中から漏れ聞こえていた。土蔵の裏白戸は二、三寸開いている。


「和久井屋、入るぞ」

 声が止んだ。構わず戸を開くと、和久井屋利三郎一人いちにんが、眩しそうに振り返った。

「これは、……堤様」

 薄暗がりに慣れるのを待って、堤はざっと中を見回した。

 縄をかけた商売の荷らしきものや、家財の長持に葛籠つづら箪笥たんすやらが整然と並んでいた。かすかに香が匂う。

「他に誰がいる」

 和久井屋が口を開く間もなく、

「わたくしでございます」

 女が物陰から姿を現した。やはり下大崎村の名主庄左衛門の妻、おせいであった。

 意思の強そうな目をした四十絡みの女は、身なりを整え、迷いのない様子で、堤の前に手をついた。品川で、土蔵から助け出され時の、取り乱した様が嘘のようだ。

「どうぞ、わたくしをお縄にしてくださいまし。その代わりに、喜久様と絢様をお助け下さいませ。すべては、わたくしが仕組んだこと。和久井屋の若旦那様は一切関わりはございません」

「お清!」

 止めようとする和久井屋を抑え、堤は金具細工が見事な長持に腰を下ろした。

「一体なんのことだ」

 お清は、覚悟を決めた目をしていた。

「世間を騒がしている賊〈白〉でございます。あれは、でございます」

 堤は、眉ひとつ動かさなかった。

「ほう」

「わたくしが、お旗本の方々に害を為しました。どのようなお裁きも覚悟しております。喜久様と絢様をお助けできるなら、わたくし自身がどうなろうと構いません!」

二木ふたきさんよ」

 堤は腕を組んだまま、倫太郎へ振る。

「この話、信じるかい?」

 倫太郎は首を傾げた。

「この女性にょしょうひとりには、少々荷が重いように思えます」

 堤は、笑顔で大きく頷いた。

「お清。もし、おまえさんが〈白〉だというならば、当然助っ人の仲間がいるはずだ。おまえさんと組んで仕組んだのは誰だ。和久井屋を庇っているのか?」

「違います! 若旦那は何もご存知じゃありません」

「和久井屋の妹と、その娘を拐かしたのも、実はおまえさんだというのではないか?」

「滅相もない。わたくしは……」

「町奉行所は、戯言ざれごとで動くほど暇じゃねぇんだがな」

 お清は何かを言いかけ、口唇を噛んだ。

「和久井屋、なにを争っていたか知らねえが邪魔したな。二木さん、帰るぞ」

 堤は、あっさり出て行こうとした。

「……妻戀稲荷でございます!」

 堰が切れたように、言葉が迸った。

「妻戀稲荷でございます! 噂半分で願掛けをいたしました。それが、そもそもの始まりでございました!」

「なるほど。そういうわけかい」

「わたくしも、まさかこんなことになるとは思いませんでした。あの子たちをなんで攫っていったのか、恨みをはるしてくれると言ったのに……」

 賊を信じるとは愚かな、と堤は口中で呟く。

「和久井屋、奥の座敷を貸してくれ。少し込み入った話になりそうだ」




(続く)

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