11話 品川宿探索行

「御殿山に寄れず、残念ですなあ」

 小川陽堂は、賑やかな人の流れを目で追い、まさに無念な口ぶりである。


 御殿山とは江戸市中の南端、上高輪町に隣接した高台をいう。

 もともとは歴代将軍の休憩所であったが、元禄の大火で消失した。八代将軍吉宗は、この地を庶民へ開放し、行楽地とした。

 東海道、品川沖、房総や富士山を望むとともに、御府内有数の桜の名所でもあった。


「ああ、いかん。物見遊山ものみゆさんではありませんでした」

 陽堂は、頭を掻いた。

「いえ、物見遊山の態の方が目立たないですから」

「だな」

 一行の最後からついてきた法体ほったい真慧しんねが言った。

 吉次に続くのは、八卦見の小川陽堂、坊主の真慧、そして二木倫太郎である。


 吉次は蕎麦屋で堤清吾と別れたあと、誰を連れて行くかを思案した。

 行き先は品川の農村である。腕自慢の若い衆を伴っても悪目立ちするに違いない。

 そこで思い出したのが、花六軒長屋の小川陽堂であった。穏やかな人物、かつ身体は大きい。原賢吾の行方を案じてもいた。

 早速持ちかけると、

「原殿の探索ですな」

 と、二つ返事で乗ってくれた。その横から、

「ああ、私もいきましょう」

 と、同行を申し出たのが、二木倫太郎と名乗る新顔。そこに「俺も」と付いてきたのが真慧であった。

 その場で断ることもできず、こうして物見遊山の一行ができ上がったというわけだ。

(あの長屋の連中と関わると、どうも調子が狂う)

 かと言って、嫌な勘働きはない。吉次は、疑い深さでは人後に落ちないと自負している。


「ああ、菊蔵さん」

 街道脇の茶屋に、匕首のような男がいた。吉次は歩み寄るとなにやら相談し、男はどこかへ消えていった。

「ここから半里ほどの大百姓の家で、最近、侍が散歩している姿をよく見かけたそうです」

「そりゃ、原さんだな」

 日頃から、ぶらりと遠出をして、時折真慧にも土産を持ち帰る事があった。無論、野菜や干魚なのだが。

「急ぎましょう」

 午後も遅い。四人はさらに南下し、街道から外れて西に折れた。


 両側に田畑を見ながら長閑な道を下る。四半刻もいかぬうちに、曲がりくねった畦道の向こうに、目当ての屋敷をみつけた。名主でもあるのか、立派は長屋門と背後の丘には竹が繁り、土蔵もいくつかあるようだ。

 その長屋門の前に五、六人、村の衆が集まっていた。門扉はしっかり閉じて、叩いてもいらえがないらしい。


「どうしました」

 ぎょっとしたのは百姓衆だ。

 いきなり得体の知れない男たちが現れたのだ。しかも侍に坊主に寺子屋の師匠せんせいのような大男、そして美貌の若者とよくわからない。


「ここの──」

 にこにこしながら一歩前に出たのは、倫太郎だった。

「前に厄介になってね。挨拶に寄ったのだが、ええと」

「名主の庄左衛門さまですが」

 村人が答えると、

「そうそう。庄左衛門殿だ。今、留守かな?」

「それは……」

 互いに顔を見合わせる。

「どうした?」

 不思議なほど警戒心を解いた村人たちは、口々に異変を叫び出した。

「名主さまは、滅多なことで門は閉じません。それが、昨日の夜からこんなままで」

「昼すぎても誰も出てこねぇから、何かあったに違いねぇと、今村の年寄へ知らせに行ってますんで」

 心配だ、心配だと騒ぐ。

「倫太郎、行くぞ」

 動いたのは真慧だった。下駄を脱いで板塀に手をかけると、恐ろしく身軽に乗り越えた。

 ほどなく内から門が開いた。百姓衆があたふたしている先で、倫太郎はさっさと踏み込んだ。


 特に異変はないようだ。

 ひとの姿が見えぬものの、母屋の先では鶏が雛と地面をつついている。

 人が争ったような形跡もない。

 母屋に入るが、やはりひとの気配はなかった。土間を抜け裏手に出ると、少し離れてこじんまりとした離れ屋があった。

「どなたかおられるか」

 やはり無人だ。

 手前に六畳ほどの座敷、唐紙障子を開けると三畳ほどの板間に、そして。

「なんだ、こりゃ」

 背後を付いてきた真慧が、倫太郎を追い越して座敷牢の中へ入った。

 誰もいない。

 調度はきちんと片付き、やはり争ったような気配はなかった。まるで、掃き清められたかのようだ。

 南側の格子を潜り、陽の射す縁側へ出ると、そこにわずかに複数の足跡。縁の下には一枚の赤い札。

「こいつは、花札じゃねえか」

 真慧が拾い上げ、倫太郎へ渡そうとしたその時だった。


 陽堂の声が呼んだ。

 いち早く、吉次が身を翻す。

 駆けつけると、白壁の米蔵を指し示して陽堂が声を上げていた。

「この中に、誰かいます!」

 大きな錠前が下がった、堅牢そうな土蔵だ。

 真慧が母屋へ走った。陽堂は観音開きの窓に向かって、おおい、と声をかける。

 中から、複数の声が上がり、助けを求める言葉となった。

「名主の庄左衛門殿はおられるか!」

 倫太郎の問いかけに、

「居ります! 私でございます!」

 籠もった声が、力強く返ってきた。

「みなさんは、ご無事ですか!」

「はい! みな大きな怪我はございません!」

「そこに、原様とおっしゃるお侍もご一緒ですか!」

 吉次の問いに、一瞬、間があった。会話が交わされ、やがて

「こちらにはおられません!」

 と、応えがあった。

「これを!」

 どこから見つけてきたのか、真慧は土蔵の鍵を差し出した。

 ようやく重たい扉が開き、中から次々と二十人近い家人がまろび出てきた。

「庄左衛門殿はいずれか!」

「私でございます!」

 最後に出てきた初老の男が、眩しそうに目を細めながら応えた。支えるように中年の妻らしき女が付き添う。

 その女は庄左衛門を石段に座らせると、倫太郎へ飛びつくように訊ねた。

「あちらは無事ですか!」

「あちら、とは?」

 と尋ねる間もなく、女は裸足のまま奥へと走っていく。

「お清!」

 庄左衛門は追いかけようとしたが、目眩でもしたのか、そのまま座り込んでしまった。

「いま水を持ってきましょう」

 大丈夫ですと、手で示しながら倫太郎らに深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。助けてくださり、本当に御礼申し上げます。皆さまは一体……」

「名主様!」

 その時、長屋門から村の三役やら年寄やらが大勢の村人とともに駆け込んできた。

 いちどきに人が増え、皆手を取り合うように喜びあっている。

「どうやら原様は、おられないようですね」

 吉次は周囲を見てくると言って、するりと抜けていった。

「おい、倫太郎。どうすんだ?」

 陽堂は井戸から汲んできた水を、子供や年寄らに飲ませている。

「騒ぎがおさまるまで、少し待とう」

 真慧はなにか言いかけ、ニヤリと笑った。

「じゃ、俺の役目は炊き出しだな」

 下働きの少女へ声をかけ、勝手に母屋へ入っていった。

「さて、と」

 倫太郎は大きな庭石に腰かけると、先ほど拾った赤い骨牌札かるたふだを懐から出した。秋の「紅葉」。

 女が駆けていった先を見遣り、しばし思案する。

 札を懐に戻すと、その後を追った。

 



(続く)

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