幕間(一)


「なかなか良い面構えの者だな」

「御意にございます。実直で、融通が効かない上に、なのがあの者のにございます」


 先ほどの深川八幡別当べっとう永代寺塔頭たっちゅう吉祥院である。

 白書院の建具を立て切った座敷で、篠井が対していたのは壮年の武家であった。

 地味な小紋の着物に、煮しめたような色の袴。青々と剃り上げた月代と、どうもちぐはぐななりであったが気にする風もない。


「本人にはまだ伝えておりませんが、否とは言いますまい。原殿のお父上の件もございます」

「無理強いはするな」

「無論でございます」

 篠井は満月のような笑顔で笑った。

「命がいくつあっても足りぬやもしれません。本人が否と申せば、それまでに」

 そうか、と答え、

「で、おまえこそ、まことによいのか?」

 一拍、間があった。

「新之助様もございますな」

 打ち解けた様子で名で呼ぶと、

「委細は大源寺の良徳殿を通して進めてまいります」

「すまんな」

「本当にそう思っておられますか?」

 念を押されて、

「いや、思っていないようだ」

 あっけらかんした返答に、篠井は肩を竦め、表情を改めた。若々しい容貌だが、思いのほか年長であるらしい。


 新之助、と呼ばれた侍は溜息を漏らした。

「気は進まぬが、どうにもあれが不憫でな。このまま国許によかったが……」

「万全を期してお守りいたしますゆえ、ご安堵くださいませ」

「頼む」


 言って座を立ち、障子を細く開いた。幽かな花の香が流れてくるようだ。

「そろそろ戻る。使いを立ててくれ」

 篠井は黙って頭を下げた。

 背後で人の気配が離れていく。溜間たまりのまに控えた配下だった。こそりとも音を立てずに、気配が入れ替わる。迎えが来るまで、まだ半刻はあるだろう。


「そういえば、近頃江戸に流行るものがございまして」

 と、勿体をつけて主君を見上げて言った。

「なんだ」

 謎かけにいささかうんざりした口調だ。

「──人さらいにございます」



(続く)


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