その五 浪人 原 賢吾
自称播州浪人原賢吾。自他共に認めるものぐさである。
日がな一日座敷に寝転び、時折便利屋が持ってくる手間仕事をこなしては日銭を稼いでいた。
そうしてまた座敷に寝転び、外の景色を眺めながら過ごすのである。
こんな生活なので
しかし、ものぐさながら嘘がつけぬ気持ちのよい男だから、頼まないのに誰彼となく面倒をみてくれる。それで今まで、生きながらえてきたようなものであった。
住居の六軒長屋にも、ものぐさゆえのこだわりのなさで、いつも誰かが居候を決め込んでいた。誰が出入りしようと頓着しない。
だが、なぜ賢吾が浪々の身となったのか、委細を知る者はいなかった。
その原賢吾が妙な人物と出会ったのほ、深川八幡の裏路地裏だった。
午下り、川向うの飯屋で一杯ひっかけ、風に吹かれてぶらりぶらりと下ってきた時だった。
子猫の煩いほどの鳴き声に気を引かれ、角を曲がって路地を覗くと、しゃがみこむ背中が見えた。懐に子猫を詰め込みながら、袂からも小さなあたまがひとつ、ふたつ。
地味だがもののよい袷と腰には大小。草履の鼻緒は真新しい。人相は、と視線を上げると、相手は気を察したように振り返り、ニコッと笑って立ち上がった。
──こりゃ、満月だわな。
賢吾の頭には、皓々としたお月さまと白兎が二羽。ひょこひょこと飛び跳ね、餅つきを始めた。
それは猫まみれのまま、すたすたと歩み寄ってきた。
「そこで拾いました」
路地の際を指して、
「
と、また満面の笑顔。
「あまりに数が多くて、私ひとりでは持ちきれません。お声がけいただいたご縁で、少々お助けいただけないでしょうか」
「いや、俺は」
「ありがたい! お助けくださるのですね!」
嬉しそうに言って、二匹の三毛を差し出された。思わず両手で受け取り、ぎょっとしたようにまじまじと見る。
毛玉が蠢いている。丸い水晶玉のような瞳が見上げ、みゃあ、と鳴いた。
「うわあっ!!」
猫嫌いの賢吾だったが、流石に子猫は投げ捨てられない。身体から遠ざけてぶるぶると震えながら、
「は、早く! こいつらを引き取ってくれっ、早くっ!!!」
「大変失礼しました」
半刻ほどのち、ある寺の軒先である。
素直に頭を下げる青年の前で、賢吾は赤くなった発疹を掻いていた。
賢吾は回り廊下に座りながら、出された茶をすすりつつ周囲を見やった。
永代寺の
「子猫はどうされた」
「原殿のご尽力で皆、腹一杯で寝んでおります」
大真面目でいう青年は、
「左様ですか」
賢吾は興味なさそうに頷きながら、大刀を手に取った。まだぼりぼりと手の甲を掻いている。
「俺はそろそろ失礼する。茶を馳走になりましたと、その奥の方々へ伝えてくだされ」
篠井は軽く目を見開き、薄く笑った。
「大変ご無礼を」
「いやいや」
晩飯はなにがいいかと、ふと思案した。
「またご縁があらば」
お目にかかりましょうとの明るい声を背に、賢吾はさっさと吉祥院を後にした。
面倒に関わるとろくな事にならない──虫の知らせか、ものぐさの勘か。
賢吾はくしゃみをしながら、富岡八幡宮へと抜けていった。
(続く)
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