その三 幼馴染、お凛と真慧
花六軒に住まう輩は様々である。
もっとも早起きなのは破戒坊主の
なんでも西国の
理由は黙して語らぬが、言動と不釣り合いな優しげな容姿に、いつも女の姿が絶えなかった。
朝起きが先か、後朝の別れにサッサと蹴りをつけたいのか。向かいに住む女医者の佐々凛は、絶対に後者であると断言していた。
「つまりさあ、せんせ」
凛先生の家は、さる家中で代々
男ばかりの兄妹の末っ子で、実家の悪どさに目を瞑りきれずに出奔。細々と長屋で医師をしている。世にも奇特なおなごであった。
細い身体に目ばかり大きな容姿は、黙っていれば〝可愛らしげ〟なのだが、真慧に言わせると
「あいつは
怒らせたら、獰猛なることこの上ない。
しかしこれがまた大繁盛。診療代はあるとき払い。物納推奨とかで、流し際には野菜やら、干し魚やらが山と積まれていた。
「うるさい! そこを
凛が叫ぶと開け放した戸の外で、生後半年あまりの赤子が火がついたように泣き出した。
母親はたいそう若い。オロオロと心配そうにあやしている。
「ほーい、ほいと」
真慧は母親から赤子を受け取ると、背中をひと撫でした。どういうコツかピタリと泣き止んだその間に、凛が素早く赤子の腹を診る。
「便通は?」
柔らかく腹を撫でながら、母親へいくつか注意を伝えて煎じ薬を含ませた。それがたいそう美味いのか、赤子は口をパクパクしながらもっととねだる。
「次!」
その日の診療がひと段落したのは、昼八ツ(午後二時)を過ぎてからだ。
凛は真慧が作った雑炊をかっ込みながら、
「御坊から知らせが」
とだけ言った。
「まあ、仕方ねえな。おいらの役目は飯炊きだよな」
「昔からね」
真慧は目を細め、どこか遠くを見た。
「しかしまあ、なんでそんなことになっちまったんだか」
「本人に聞くしかないわね」
鍋の最期のひと匙を頬ばり、
「昼寝する」
とその場で横になってしまった。
真慧はいそいそと布団を掛けてやると、守るかのように背を向けて座り込んだ。
「まあ、面白くなるわな」
返事はなかった。
(続く)
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