第3話劣等生とルーム教師の結末

 2人きりの教室で、彼は式を展開している。

「因数分解では、こうして、……」

 恒例の数学教師、竹下くん。受験に合わせて、私の苦手な因数分解を教わっていた。

「佐藤さんいい?ここ重要だからね」

 劣等生でもないのに彼から授業を教わっているのは、彼と同じ高校を目指しているから。つきあっているわけじゃないけど、私も数学が好きになって、数学を人に教えられるようにしたいから。こうして同級生から授業を聞いて、人に教える方法を盗んでいる。

 休憩時間で自販機から買ったココアを飲んで、少し話した。

「なんで竹下くんはルーム教師になったの?」

 3年間でだいぶ雰囲気がやわらかくなった彼が言った。

「算数とか、数学とか、一度苦手って思うと、そのままなんだよね。好きになってもらうのは難しいけど、問題を解く楽しさを知ってほしくて。それに、僕は数学の教師を目指しているから。昔から人に教えるのが好きだったんだ」

 照れ隠しにほっぺたをつまんでいたけど、微笑ましかった。私が数学を好きになったのは、彼のおかげだから。彼と同じ高校を目指すほど学力が上がったのは、この中学と彼のおかげだったから。

「竹下くんの生徒になりたいな」

「いや、きみは僕のはじめての生徒で、今後も生徒だから」

 なんだかこそばゆくなって、するっと口から次の言葉が出てきた。

「私たち、どんな関係なんだろうね」

 口に出してから、しまったと思った。彼の動きが止まっている。スキー合宿で私が告白したのは、なかったふりをされていたから。

「僕がきみのことどう思ってるか、知りたい?」

 普段から冗談を言わない彼が、まじめな顔で聞いてきた。あわててうなずくと、

「卒業式の日に言うよ。きみは志望校落ちるかもしれないから」

 相変わらずにくらしい発言で、気になる言い方をした。でも私はもう合格ラインに達していて、よっぽどへまをしなければ合格するはずだった。特に、国語は竹下くんも抜いている。

「竹下くんこそ、気をつけてよね」

 もう劣等生じゃないから、こんな軽口もたたける。世間話を終わらせて、数学の指導を受けた。


 あげははスポーツ推薦で高校が決まった。香ちゃんは親の都合でフランスに留学。みんなと離れていくなか、私も自分なりに準備を進めている。

 そして、卒業式-

「離れたくない」

「あげはと由里は少なくても同じ国じゃない。私なんてフランスだよ」

「香~行かないで」

 入学式から仲の良かった3人が、離ればなれになる。私は無事志望校に受かり、春から通う。それは、竹下くんも。

 竹下くんが1本だけ早く咲いた桜の下にきた。誰にとられたのだろう、第二ボタンが外されている。

「佐藤さん、合格おめでとう」

「竹下くんも。この前の話だよね」

 竹下くんは言いにくそうにしている。

「私が勝手に竹下くんを好きになっただけだから」

 彼は思い切ったようにこちらを見て、第二ボタンを差し出した。

「僕、男の子が好きなんだ。女の子には興味ない。でも、佐藤さんが数学を好きになってくれて、うれしかった。僕のはじめての生徒だったから。」

「飲み込み悪くて、こんなに数学が苦手ならどうなるのかと思ったけど、僕についてきた。それはうれしかったから、女の子からでも、きみに好きって言われたことはうれしかったんだ。」

 そう言って第二ボタンをくれた。ゲイ、そう告白するのは勇気がいっただろう。それほど私の想いを考えてくれたんだ。うれしくなって、悲しくなって、2人してを涙をぽろぽろ流した。

「今は無理だけど、いつかあなたの恋、応援させてよ」

「そうだね、きみになら恋バナできるかな」

 涙を流しながら2人して笑った。私と彼との仲は、先生と生徒。師弟関係。彼がいて、私は数学を好きになった。将来、もし勉強が続けられれば、大学で数学を学ぼうと思っている。私みたいに数学がキライな子を助けるために、数学アレルギーの学生を減らすために。私は竹下くんの指導で、数学が好きになった。そんな風に、私も彼の思いをくみ取り、世界に1人でも数学の苦手な生徒を減らしていく。

 

 だいっきらいな数式が好きに変化したのは、この桜台中学でだった。誰でも一度しかない中学生時代、友達や仲間に支えられて過ごせて、本当によかった。

 仲間との出会いと別れを、桜が見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

数学のできない劣等生とルーム教師の関係 笠原美雨 @_shirousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ