第63話 41日目
日々というものは定まってくると退屈に見えてくるが矢継ぎ早に過ぎていくものだ。
仙人の暮らしではないのだから当然のことだ。
メルスは目に見えて都会に馴染めこんだ。
受け入れてくれた環境が良かったのかもしれない。
それぐらい順調に物事は回っていた。
1日1日が充実し、輝いていてもいた。
よくメルスと話しし、心を通わせあった。
知性をだいぶ得ていたメルスはユーモアを解するようになり、俺とメルスはますますお互いを知り合った。
星が瞬いていた晩はこっそりミーナ(女性の女将さんの名前だ)の宿を抜け出し、恐ろしいまでの星月夜を鑑賞しあって二人の絆をこれまでにないほど強め合った。
これほど幸せな刻は望めないぐらいだ。
雨がひどい早朝、仕込みの手伝いをしていると、その者は音もなく死の使者のように立っていた。
フードを目深に被り、意識だけをこちらに強く向けている。
その声はこのひどい状況の中でもよく通り、ハッキリと聞こえてきた。
「見つけたぞ」
反射的にメルスは身構えた。
「違う違う。お前をどうこうしようというわけじゃない」
「その小石殿に用があって参ったのだ」
フードをとると、それはあのダリルさんだった。
メルスは初対面だから警戒心があるが、俺にとってはいっときの旅仲間だ。
「伝えてくれないか?助けて欲しいのだ」
店の横の雨どいの下に移動する。
ダリルの話はこうだった。
このダラスキア王国において、王女が意識を失う奇病に侵されている。王と王妃は死の床にいる。正統な後継者は王女しかいない。他の国から協力を求めれば乗っ取られる。宰相は信用が置けない。国は傾きつつあるのだ。
そんな中、古い伝承書に奇跡の石の記述を見つけた。
それによると、万病に効くというのだ。
たちまちのうちに、病人を癒してくれるであろうと。
それは違う、と即答しようとしてダリルさんの表情がわかった上でのものだと読み取れた。
――この人は知っている。
わかってのお願いなのだ。
――。
メルスも一緒できるのか?
メルスは感情を押し殺して伝える。
残念ながら、メルスを側女や侍女として置くことはできない。
厳正な資格試験というものがあって、それをパスしなければ何人なりとも王女のそばにいることは叶わないのだ。
……例外だってあるだろう!
その例外を認めた結果、酷い裏切りにあった前例があるのだ。……わかってほしい。
声にならない叫びが漏れ出そうだった。
実にあざとく、これほど理不尽はない。
「どうだろう、か」
どうだろうかじゃなかった。
断れない類いのお願いなのだ。
1人を救うだけじゃない。この国を、大陸の未来を支えるのだ。
その選択を、今ここで、メルスの前で行えというのか。
ながい、間が流れた。
この時ほど時が止まった沈黙はなかったろう。
雨だけが存在を主張してるかのようであった。
最初に動いたのは。
……ソム。
忘れないでね。
えっ。
メルスは俺の入った布袋をダリルさんに押し付けると、雨の中に飛び込んでいった。
どこに行く、メルス!
助けてあげてね!
そのまま声が遠ざかっていく。
メルス!
メルス!メルス!
応えはなく、テレパシーもどこまで届いているのかわからない。
それでも声をかけ続けた。
雨はどこまでも続き、声もどこまでも届いてほしかった。
しかし、果てのない時間が過ぎていくだけだった。
「すまない」
以上でも以下でもない、適切な言い方だ。
俺は項垂れたイメージのまま、「行ってくれ……」とだけ絞り出した。
雨は容赦なく何もかも流してゆく。
41日目、終わる。
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