第59話 32日目

 遺跡の中はひんやりしていた。

 それほど湿気はないようだが、雑草がぼうぼうに生えている。

 普段着の感覚だが注意は怠らない。

 確かめ棒で床を叩く。

 サッと、何かが前方をさらっていった。

 意識がもぎ取られる。









 遺跡の入り口に無造作に横たわっていた。

 焦りながらメルスを点検する。

 よかった、どこにも異常はない。

 それにしてもどういうことだろう。

 強制移動させられた?

 それにしては、意識がもぎ取られるのは変だ。

 まるで一度死んでしまったかのような感覚だ。

 確かめ棒に違和感はなかったはずだ。

 ならこの現象は何だ?

「んん……っ」

 メルス、大丈夫か?

 ん……ほやほやする

 時間をかけて聞いてみて、アタマのほうもなんともないと知ってひとまず落ち着く。

 何が起こったんだろうな?

 う〜、何か落ちてきた

 トラップか?人をどうにかするほどの?

 でも生きてる!

 それがおかしいんだよな。

 もう一度行ってみる?

 正体がわからないのが不安要素だが、前に進まなければならない以上、仕方ないだろう。

 今度は小石も持っていこう。

 ソムがいっぱい!間違えそう!

 ……大きめの石でな。



 石を投げた瞬間だった。

 左右から何かが超高速で迫ってくるのが直感できた、と思って瞬間意識がもぎ取られる。








 遺跡の入り口に横たわっている。

 ???

 失敗すると戻されるのか?

 メルス、なんともないか?

 不思議そうな顔をして首を振る。

 戻ってくる時はどんな感じなんだ?

 ぐわっと刈り取られる感じ。

 同じようなものか……。

 !

 ループか?ループしているのか?

 わからないまま進むのも危険だが、だからといって確かめようがない。

 仕方がない。

 森であったので罠を仕掛ければ数匹の小動物はほどなく捕まる。

 こいつを進ませて、観察するのだ。いわばイケニエだ。

 何食分かの食事と思えば罪悪感も生まれない。

 落ち着かせてから、遺跡に入って小動物を離して追い立てた。

 先へと逃げてゆく。

 と、小動物が潰れたでないか!

 ぐしゃっと見るも無残な姿だ。

 メルス、走れ!

 あられもない姿で駆けた。

 理由はわからないがメルスはある地点で大きくジャンプした。

 勢いでゴロゴロ転がってしまう。

 ……なんともない。

 なんらかのトラップだったらしい。

 疑問が湧き起こる。

 なぜメルスは死ななかったのか?

 生と死を分けたものはなんであったのか?

 悩んでいてもしょうがない。

 先へと進むのみだ。

 幸い火は消えていない。

 遺跡はてんで出鱈目なつくりで、通路も規則的でもなければ、子供が遊びで組み立てたような理不尽さだ。

 部屋が何個も続いていることもある。

 トラップというか、容赦ない仕掛けもてんこ盛りで、あっという間に小動物は底をついた。

 メルスとともに冥福を祈った。

 だいぶ進んだはずなのだ。ここで戻りたくない。

 石はまだ残っているが、確かめとしては心許ない。

 空気はひんやりとして厳然と居座り続けている。

 ここに至る間中考え続けていた。

 メルスはループしたのではない。むしろ大丈夫だった。助かったのだ。死ななかった。これが意味するものは何か?

 メルスの特性?

 近づけそうなところで、通路の隅の溜まりから闇が立ち上った。

「よう」

 悪意の集合。

 この感覚はかつて体感している。

 現実の最初に訪れた村。

 そこにいた怪人、怪物だ。

 なぜここにという言葉は飲み込んだ。

 こいつは、忘れ去られたのだ。

 世界の洗浄力かもしれないし、ただ単に運が悪かっただけかもしれない。

 とにかく、ここでしか生きられないような存在となった。

 生きていたのが不思議なくらいなのだが。

 喜ばしいことだが、今の俺らには最悪だ。

 やっとのことで撃退できたのが奇跡だったのだ。

 その闇のものはまっすぐメルスを見ていた。

 俺も感得しているはずなのにだ。

 やはり狙いは身体か。

 ただなぜだか奮い立つような勇気が湧いてきていた。

 対抗手段は持ち合わせていないというのに、だ。

 メルスも認識を同じくしているらしく清々しいまでの抗う精神性が俺の意識に触れてくる。

 メルス。

 うん。わかってる。

 互いの昂りを知ってか知らずか目の前の悪意は、伸び上がってメルスを包み込もうとした。

 メルスはまっすぐ相手を見据えていた。

 心の中で、俺たちは手を握り合っていた。

 どす黒い闇がメルスを包み込み、あらゆる穴から侵入しようとする。

 メルスは込めていた力を抜いた。

 すべての闇が中に入り込んだ。

「俺のモノだ!好きなことをさせてもらうぜ」

 名もなき悪意は歓喜に打ち震えている。

 どくん。

「ゲヘヘヘヘヘヘヘ!さーて、何をしようかなあ、あられもない痴態ショーの始まりだ!」

 どくん。

「よーし、まずはオマエのカラダをとことん堪能してやる。あれやこれはそれからだ」

 どくん。

「よーし!脳まで到達したぞ!おかしてやる」

 どくんどくん、どくん。

 32日目、続く。

 

 


 







 




 

 

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