第58話 31日続きの続き
メルスはプンスカ怒っている。
いや、プンスカどころではない。本気の怒りだ。
こういう時は黙ってやり過ごす……。
「やり過ごさない!」
へへえ。ダメでした。
「メルス、こういう複雑な問題は……」
「バカにしてる!」
「いや、バカにしてるも何もデリケートなんだよ」
「ごまかしてる!」
「メルスはこういうことがわかるようになってから日が浅い。おいおい分かってくる」
「今分かりたい!」
もうギブ。
埒が明かなくなっきた。
しかし、どう説明したもんだろう。
メルスは俺を手に乗せて、目の高さにまで持ってきている。
「ソムを知りたい……!」
メルスとはこれまで文字通り心を通わせてきたのではなかったのか。
実はそれさえも、自らを騙してきたというのか?
ひとりでどこかの山道にただただいた記憶……。
俺の原風景だ。
メルスの目から涙がこぼれる。
「少しは賢くなって分かった……カラダじゃない……」
!!
メルスを一層強く感じた。
そうだった。
ひとりなのは俺だけではない。
誰にも理解されない孤独を抱えているのは、メルスも同じだったのだ。
自分が恥ずかしくなった。
邪念に振りまわらせすぎだ。
愛は「合一」と「分離」の弁証法が働いているという。
俺とメルスはヴァーチャルにし合っているのだ。
どこまでもどこまでもリアルと陸続きな地平線に立ちながら。
もしかしたらそれは未満な行為かもしれない。
けれども直感が告げるのだ。
これが「あい」だということを。
俺はその意味においてメルスを受け入れているのを拒否しない。
新しい何かを予感しながらも「あい」に戻ってきたのは一種の皮肉だ。
心については大事なものについては人間は新しい概念はもはや無いのであり、出されきっているはずなのだ。
曙の光の予兆はある。
だがそれはこの関係性が進むか育んだ先にのみ見えてくる眺望だ。
まだ夜の夜を歩いている。
おこがましくて、気恥ずかしい。
それでも隣にいても離れたくないとは思うまでにはなった。
メルスほどではないが、その思いを汲められる。
そっとこころを触れさせた。
ヴァーチャルなキスをする。
メルスもそれ以上は求めてこず、キスを返してくる。
ここまでだ。
それでも、つながる感じは愛おしい。
物理的にも精神的にも隔たっているが、ヴァーチャルにおいてふたりはひとつでそれぞれなのだ。
ヴァーチャルはこの世界の模倣をして生まれたばかりだ。
この世界に長くいたからこそ創発できた場でもある。
やはり新しい何かを見出している。
山が見えてきた。
メルス、あそこに降りてくれ。
降り方など念頭に置いていなかったので、くるくる回りながら着地してしまった。実際は優雅でもなく、バタバタと尻餅さえついてしまったが。
この山は覚えがある。
最初にして、はじめの山だ。
先を見ると、迷宮と化した古代遺跡と、さらにその先に懐かしきだろう街。
かつて俺がいた王都のだ。
手前のは見覚えが無いが、なんとなくこれまで経験してきたものの総体を読み取ていた。
これがおそらく最後の山場であることも。
最大の障害であろうが、メルスとたった2人で乗り越えなくてはならない。
メルスもそれは感じ取ったようで、フンフン鼻息荒い。
腕をぶんぶん振り回しながら、遺跡の入り口へと向かっていった。
古代遺跡の前に立っている。
ゼエゼエハアハアでようやく辿り着いた。
それでもこれまでで旅慣れたのか、疲れ以外はメルスにさほどダメージはない。
写実と抽象の折衷した力強い意匠に象られた入り口の門はいかなるものも飲み込むようで拒絶していた。
苔むした石畳は劣化はさほど見られなく、保存状態は良く崩落の恐れも見られずしっかりとした設計思想を見た。
ここまで来るまでに松明を作ってある。
これまで全く存在感を示してなかったが、メルスの万能ポーチは背嚢が失われたにもかかわらず定位置にあり、これまで苦楽をともにしてきたのだ。
メルスは天を仰ぐように門の大きさに偉容を感じ取ったが、特に物怖じはしなかった。
両手が塞がるのは痛いが、確かめ棒はここでも必要だろう。
それにしても、今日は入るのはやめとおこう。
遺跡のまわりは森だったので硬い石よりは土の方が眠りやすいはずだ。
乾燥した葉をできるだけ集め、寝床をつくった。
火打石はあったので木切れを集め乾燥した葉と混ぜて焚き火とした。
簡易罠を即興で拵え、仕掛け、ウサギを捕まえ素早く捌きスープと肉を調理する。
時間があらば話をしていたが、たわいのない話だったので特に中身は覚えてなくとも、この上なく楽しかった。
こんな時がずっと続いて欲しかった。
「なあ、メルスは何でずっとついてきてくれたんだ?」
「すべて」
「?」
「それがすべてだったの!」
「今はどうだ?」
「……し……り……たい」
そうか。
雑談談義でもういかさまであることは知っているが星々のおとぎ話を語って聞かせる。
次の日のために遅くまでは起きず、程よく眠りに入った。
31日目終わり、 次の日に備える。
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