石の上にも三千世界

第57話 31日目続き

　部屋はずっと維持されているようだった。

　それからメルスは丹念に隅々まで見てまわり、椅子やソファでくつろぎどこまでも深く分け入っていった。

　俺はできるだけ誠実であるよう努めた。

　が、作りものめいていて我慢できなくなり、ついには告げてしまう。

　先ほどからの流れをぶった斬る気持ちの裏切りだったが、致し方ない。

　言い訳めいているが、気持ちと考えは別物だからな。

「ごめん、メルス。もうここは俺の場所ではないと思うんだ。今の俺はもう違っていて……」

　えっっつ？！

　なんとメルスは裸になっていた。真っ裸だ。

　何かを肌にすり込むようなしぐさを行なっている。

　もにょもにょと口にも出している。

「知ってるよ。だからこそなの……」

　まるで失われたカケラを探している子どもだ。

　それでもなぜか想いが伝わってきた。

　そうせずにはおれないということも。

　抱きしめることもできず、そばにいてやることさえもできない。

　だから心を、できうる限り開けておいた。

　これが俺の、ありのままだ！

　触れ合っている感覚が伝わってきた。

　できることならこのままがずっと続いて欲しい……。

　きっかり10分でメルスは服を着て支度をし始めた。

　未練をまったく感じさせなかった。

　俺も追認するようにおっつけて意識を切り替える。

「さよなら」

　どこまでも一瞬に永遠を込める。

　意を決して、部屋に唯一ついているドアに手をかけた。

　止まった時の只中にいた。

　宙に浮いている。いや。メルスも空中にピン留めされている感覚か。

　起点は下の方にあった。

　どうやら大きな竜らしい。

　それが、膨れ上がり巨大な爆発を生んだ。

　洞窟だったようで、天井も何もかも吹き飛んでいる。

　客観的に、第三者としてみているから見えてくる。

　これは喩なのだ。

　別の様相が剥き出しになってくる。

　直接脳に、意識に描きだされるのだ。

　なぜならこれは意識が立ち上る場所であるから。

　あの洞窟は意識の構造か表われを提示していたのだ。

　どこがどうなのかは正直理解が追い付かない。

　解釈しようにもまるで別世界だ。

　それにこれは意識の外への投影とでもいうのか？

　意識はどこか別の場所で居場所を見つけてでもいると？

　かなり迫っているのは確かだが、謎はさらに深まった。

　そもそも意識の所在の証明になっていない。

　であるが、アタマの中だけの所在ではないことは嗅ぎとれた。

　ともかくも、何かの意識が暴発したのだ。

　変容かもしれない。

　何もかもが飛び出す変化が舞起こった。

　「世界」なのか？

　個別個別の集合的な意識……。

　個人的なことを言わせてもらえば、あれは自分に近しかった。

　違和感がなかったのだ。

　いくらかは腑に落ちた。

　メルスは宙にいることを楽しんでいる。

　身体をいろいろ動かしてみて、感覚で空中歩行を体得した。

　歩くというより、滑る移動に近い。

　ここに長居するのは得策ではない。

　何せ異常現象なのだ、どんな被害を被るか分かったもんじゃない。

　それにしてもゼムクリアンがこんなに奇妙奇天烈な世界だと改めてというかはじめて知った。

　最初は比較的するするとよくもこの世界を進めたもんだ。

　なんだかワクワクもしているも確かだ。

　冒険を求めているのか？

　変わったということだろうか？

　いちいち自問しているのは一種のセーフティだ。

　人間ほどの体感がないから精神にもろに響く。

　メルスはずいぶん億劫がっている。

　さきほどの空中飛行がお気に召さなかったらしい。

　宙の一点めがけ、勢いをつけて、身を躍らせた！

　飛び込みか！

　そのまま横になった身体をうねらせながら、足をバタバタさせる。

　やったことはないだろうが、泳ぎの体勢とほぼ同じだ。

「楽チン！」

　はしゃぐメルスを促して、さっさとこの場を離れることにする。

　なぜか地上へと下りはせず、空中にいられた。

　こんな世界だったというのならばもっと賢く冒険できたのだった！

　過ぎたことを悔しがっても仕方がない。

　メルスは空を遊泳飛行する。

　すいすいすいすーいすい。

　空を切り雲とも戯れる姿を見て、羨ましいと思った。

　どうして、同じではないのだろう。

　いまさらだが、この時ほど強く思ったことはない。

　違うのは分かっている。

　それがために、こうしていられることも。

　……果たしてそうなのか？

　些細なことで、重要なことが浮き上がってくる場合がままある。

　それまで堰き止めていた諸々が決壊したがためかもしれないし、意外なトリガーとなっていたのかもしれない。

　とにかく、お行儀良く順序よくそういう事態はやってこないのだ。

　それでいいではないか、これまで上手くやってこれたのだからと済ませられるかもしれないが、かつての自分の部屋を通過してきている。

　大きな心境の変化ともいえるものだった。

　どうしたの？

　内の声でメルスが聞いてくる。

　何でもなくはない。

　それでも、このともすれば潜れもするテレパシーをありがたいと思い、今はそっとしておいて欲しかった。

　何でもないよ。

　……。

　ない。

　？

　何でもは、ない！

　ど、どうしたんだ💦

　ソムは、世界とがっちゃんこしてない！

　？？？

　逆らってる！無理してる！

　31日、さらに続く。