第53話 29日目続き

 こぢんまりとしていたが必要十分な屋敷であった。

 ことさらに自己主張していなく、かといって埋没もしていない。

 建築したものは何がふさわしいのかを知悉しているのだろう。

 見た目はおとぎ話に出てくる可愛らしいお屋敷なのに。

 馬車が乗り入れると一行は大部屋へと向かった。

 人気はなく、何か見えないものが人知れず働いている。

 気にせず、作戦会議だ。

 おもてなしの軽食とともに、シャリフはまずは情報収集だと言ってきた。

 顔を横に向けて小声で短く喋ると、隣の空気が揺れ動いて持ち上がり、ふわっと上へ抜けていった。

「草を放ちました」

 あとは待ちましょう、と余裕を持って寛ぐ。

 テルティ=妖精も倣ったが、顔色が良くない。

 意識をさらに潜り込ませ、どうした?と聞く。

 ……あぶない……。

 誰の声であったか。

 メルスとは、つながりがあるのか。

 「「「来て!!」」」

 俺なのか妖精なのかは分からないが、さして重要ではない。

 気がつけばテルティ=妖精は駆けだしていた。

 後ろで声がする。

「馬車を使ってください!」

 迷いなく馬車の御者席に乗り込み、空に向って駆けだしながら、耳を澄ましまくる。

 雑音が混じるが、細い声の糸は伸びている。

 魔窟は居を構えたものが好き勝手に築き上げた雑居街であった。

 天まで突き上げる塔があるかと思えば、光り輝く聖堂、闇に包まれた古城、積み木細工構造をした住宅街まである。

 街の中に、小さな世界をぎゅうぎゅうに詰め込んでいるのだ。

 しかもそれらが独立しているのではなく、シームレスに連結しあっている。

 ここは世界の模型かもしれなかった。

 どうやってこのわずかな手掛かりを生かす……?

 閃きはそう簡単にやってこない……?

 そう、稲妻のようにはいかないのだ。

 !

 やってみる価値はある。

 俺は自分の意識に向って、調節して雷を起こした。

 バチッ!

 景色もイメージまでもスパークする。

「……ここ!」

 短い間だが声が強まり、位置がかすめた。

 後遺症、副作用なんて気にしない。

 テルティ=妖精に指示を出しながら、再び自らをスパークさせる。

 バチッ!

 森の小屋が蘇ってきた。

 メルスと初めて会った運命の場所だ。

 なんだ?死の前兆か?

 あいだ。

 裏側?

 まともな場所にはいない。

 じゃあどこだ?

 テルティ=妖精はひどく心配している。

 もう一度、稲光を散らす。

 アタマがクラクラする。

 メルスを想って、ふんじばる。

 ……まだイケる。

 奇妙なことに気づいた。

 見えている奇観と、アタマの中のイメージ。

 わずかな違いがあるのだ。

 魔窟の中央より東、群れのように犇き立つ積み木住居城の間に、ひっそりと潜みたつ。

 何の変哲もない家屋に見えた。

 アタマの中にしか存在しない。

 どうやっていけばいい?

 ――眠るしかないな。

 妖精、頼んだぞ。

「気をつけて」

 眠気もないのに眠ろうとするのはコツがいるが、何も考えないで意識を横たえているなどしている間に、妖精が近くの固いものにカラダを叩きつけてくれて気を失うように眠っていった。

 おおう。

 ここは現実ではない。

 そう言い聞かさないと抜け出せなくなりそうだ。

 手綱を握ったテルティ=妖精もいる。

 俺は見えている通りに指示を出す。

 家屋が消えた。

「まただ、妖精、頼む!」

 ばきゃっ!

 痛みがあるように、昏睡する。

 また見えた。

 隠れさせないぜ……。

 視界の端が狭くなっている。

 自分の唇を強く噛んだ。

 推測が正しいなら、自分の血でも効果はあるはずだ。

 家屋に入り口はなかった。

 そのまま馬車ごと突っ込む。

 薄暮の只中に、人間のソムの姿で立っている。

 そこにあるのは真っ赤なソファで、だらんとしながら小石を弄んでいる白衣の子供だけ。

「意外と早かったね」

 笑っているのか蔑んでいるのか分からない。

 上からの態度なのかも判然としない。

 ただ、ひとつ。

 許せないヤツだ。

「メルスを返してもらいにきた」

「どこにその子はいるんだい?」

 ちょっとの考える時間が、永遠に思われた。

 しかし迷いはなかった。

「その小石だ」

 ふうん、とどうでもいいような扱い方をしながら、小石を目の前のテーブル――いつのまにあったんだろう――に置いた。

「これがそのメルスというものだとして」

 手を顎の下で組む。

「わたしに何の得がある?」

 威圧感はなかったが、なにかがかけ間違えている感覚が常に付きまとう。

 この部屋も変だ。

 広いのか狭いのかいまいち距離感がつかめない。

 目の前にいるのは幻、本物ではないとでもいうのだろうか?

 それでも話をしなければいけない相手、少なくとも味方ではない。

「逆にアンタはこういうことをして何の得がある?」

 ふむ、と子供は考えて

「暇つぶしではないよ。意味がある行為だ」

 相手の言葉を辛抱強く待った。

「初めに言っておくがこのことはわたしひとりの所為ではない。わたしはそのうちのひとりにすぎないんだ。だからいわばわたしはひとつの部品のようなもので、全体を知りえているわけではない。さて、君とわたしの接点だが、実は君とわたしは近しい関係にあるんだ。それを説明するには」

 小石を持ち上げて、

「君が過去にやったことを話さなければならない」

 過去にやったこと?

 それより気に食わないことがある。

 自分にちっとも主導権がないことだ。

 自分も部品の一部なのか?

 誰かが操る人形に過ぎないのか?

 29日は長くなりそうだ。

 


 

 

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