第52話 29日目

 景色が目まぐるましく移ろっていく。

 雲に任せているので、作戦会議を開始する。

「魔窟へはどうやって入る?」

「招待されたものしか入れないの」

「じゃあ、どうすればいい?」

「もうひとつ、入れる方法がある」

「それは?」

「売り物として」

「不確定要素が多くないか?」

「うん。だから、とびっきりになる」

 そういうと、光のくるくるリボンを身にまとった。

 妖精の身体が大きくなり、俺が見てもハッと惹きつけられてしまうようなしゃなりと小柄な美女に変じていく。

 複雑な織の服装をし、額から第三の瞳がリアルな意味で開眼した。

「幻の種族テルティか。悪くない」

「本当のワタシでは価値がありすぎるからね」

 ?どういうことだろう。

 どうしかことか警戒が匂ってきてそれ以上聞くのは憚れた。

「質の悪い奴に買われたらどうするんだ?」

「それを考えて」

 うーん?

 比較的安全な、上手くいけば、こちらの思惑に乗ってくれそうな買い手か……。

 そうだな、相手の心でも読めれば……。

 テレパシー。

 メリスや妖精との会話。

 いつぞやの夜のチカラ。

 !そうか、俺か。

 不透明な部分はあるが、これに賭けてみるしかない。

「俺が何とかするよ」

 作戦は決まった。

 どうやら俺は化けることができるみたいだ、どうしよう?

「首飾りに」

 従者も考えたが、離されるかもしれなので、妥当な線だろう。

 

 魔窟ははっきりとした姿を保っていなかった。

 廃墟に見えたかと思えば、森になり、そびえたつ城砦、霧の集合体にも見えるのだ。

 様々なエネルギーの光が目まぐるしく明滅し、あふれ出した光のビームが空間を穿っている。

 不思議なことに出入りしている様子はうかがえなかった。

「優雅に寛いでもいるか?」

 妖精=テルティは目を閉じると、静かに声を震わせ始めた。

 抑揚があり、節を持つそれは、歌となった。

 低く小さな歌はあにはからんや、どこまでも届くのだった。

 第三の瞳からすうっと涙が流れていた。

 数分は歌っていただろうか。

 周りの空間がざわつくのがそれと知れた。

 見えないが、ものすごいプレッシャーをひしひしと感じる。

 俺にはとてもじゃないがどうこうできそうにない。

 ヤバくないか……?

 どれもこれもお互いの出方を伺っていたみたいだったが、それほど圧が高くないものが近づいてきた。

「なぜその歌を――知っている?」

 若く、ハンサムな美丈夫だ。

 男――女にも見える――は、パワーバランスを破ってでも思わず出てきてしまった。そう見える。

「世界は広いというが、それにしても、だ!」

 若干取り乱したのを、すぐに持ち直し、

「我はシャリフと申すもの。若輩ながら、3つの地方の商いを取り仕切っている」

 それはここでは裏側から、という枕詞がつく。

「魔窟に用があるのだろう?ぜひ客人として随伴してはくれまいか」

 しばらくテルティ=妖精は相手を見据えていた。

 俺の目を通して、ぼんやりとだが相手を覗ける。

 興奮にピンクがかって、紫がかっている。

 害意はないだろう。オッケーだ、妖精さん。

 それを受けてテルティ=妖精は了承したと深々と礼をもって応えた。

 シャリフは明るい顔をすると、数回、よく響く柏手を打った。

 空間を破って夥しい羽毛に覆われた、複数の翼の生えた白く丸っこい謎の生き物がひく4輪馬車が目の前まで駆けつける。

「どうぞ」

 シャリフに誘われて、車中の佳人となる。

 よくみれば、空間と空間の間を縫って恐ろし気な怪物どもが遊弋している。

 結界のような見えない障壁も乗り越えた。

 場自体がからくりでもあった。

 なるほど、招待が必要なわけだ。

 馬車の中は屋敷ぐらいの広さがあり、庭を構え、池まである。

 ちょっとした自然と戯れて、素朴な飲茶となった。

 優雅に嗜みながらシャリフは、

「理由は聞きません」

 確かにそう言った。

「魔窟に用があるのは欲にまみれたものばかり。それもとびきりの、です。その中にあって、あなた方は少なくとも己をかえりみて、それにもかかわらず危地に飛び込まんとしていた。驚くことです。これはよほどの理由があるに違いない。そんな相手をこのシャリフは黙って見過ごすわけにはまいりません」

 どうか、と一礼した。

 あまりにも順調な物事の運びように、ある種の疑念も沸き起こる。

「見返りはなんです?」テルティ=妖精にそう言わせる。

「無いよ。信用してくれないかもしれないが、私ほどになると大抵のものは手に入るんだよ。だから、値段のつけられないものにすごく興味を惹かれる。敬慕・崇敬と言っていいのかもしれない。

それくらい、尊重しているんだ。この気持ちはなかなか分かってくれなくてだいたいトラブルのもとになってしまうのが悩みの種なんだが」

 困り顔で、茶を啜った。

 一応は、信用してもいいのかもしれない。

 それでも頭の一点には常に「疑う」を置いておかねばならない。

 信じられるのは確かな証拠に裏付けられた信念に基づくものと、「メルス」ぐらいなものだ。

 この世界において正しいというのはもしかしたらすごく少ないのかもしれない。

 俺は賭けられるものがあれば、それに賭けるほうだ。

 それでも根っこの部分にはペシミストの小人がいる。

 テルティ=妖精は何気なく首飾りをいじっている。

 大丈夫だ、ひとりじゃない。

 馬車はそのまま魔窟へと入り込み、一角を目指して迷いなく駆けていった。

 29日目、本番だ。

 

 

 

 

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