第51話 28日目続きの続き
目の前の大群に隙間などないような気がする。
蝟集して混沌としていた。
よくよく目を凝らして、いくらかは動きがあることと、エアポケットのような場も見つけた。
ただ、それだけだ。
さて、どうすると考え、立ち上ってきた。
ムンの言葉が想起される。
「ソム、からだ、だいじ」
そうだな。
あれほど委縮していた気持ちはどこかへ吹っ飛んでいた。
意識を潜ませて猫のを探ってみると、自然現象を呼び起こせるらしい。
ひとつ、竜巻。
ひとつ、いかずち。
ん、これしかないのか。
あとは日常生活に役立ちそうな些細な術ばかりだ。
頼みの綱も、どちらも一時的な効果しか及ばさない……。
うーん。
「眠たくなってきた」妖精。
今はそれどころじゃないだろ……。
そんな自分のことばかり……!
!
自分?
確か……ムンも自分が何とやらと言っていた。
“「自分。自分を自分に近づけていけばいい。何かを演じてもいいけど、あくまでも自分。そこにいるだけでもいい」”
自分、からだ……。
もしかして、だ。
試す価値はある。
今の自分のカラダを意識した。
そのまま集中し、竜巻を呼び寄せる。
ぶあっ!っと荒風を身に纏えた。
身体のまわりをうまい具合に風が循環している。
次に、自分に雷を落とす。
直撃したが、身体まで届かなく、風が絡めてくれている。
どうだ、雷嵐だ、これならどうだ!
ちゃんと妖精を引き寄せてしたので抜かりはない。
あとはこの手が通じてくれるかどうかだが……。
ええい、ままよ!
ぎゅんと、大群の中へ突っ込む。
触れた邪小飛竜が数匹がいるが、感電して反射的に飛びのく。
本能で大群に道ができる。
命知らずに突っ込んでくるやつもいる。
ただし質量がないのですぐ回っている雷嵐に巻き込まれるか外へ放り出される。
……いける!
塊の集団にはぶつからないように、素早くかつ精確に雲を操っていく。
それでも道がないときはいかずちを前方に繰り出した。
複数のタスクをこなすものだから精神も体力もヘロヘロだ。
それぐらい大群は暴力的だった。
半分を超えたあたりだ。
もしかしたら、という焦りが出た。
妖精は必死に祈る格好で雲に乗っている。
自分のできる限りのことはやった。
けれども進めば進むほど、これで終われはしないと奮起もしているのだ。
実力が伴っていない空回りのような気がしてならない。
物語のようにはいかないものだ……!
相手もさるもので、一挙に全員で押しつぶして取り囲もうと群れなしてきた。
さすがにさばききれない。
これまでか。
メルスには届かない――。
すまん。
――大群襲来小邪飛竜皆止是疲眠――
妖精が何か囁いたような気がした。
すると、邪小飛竜たちは次々に落下していくではないか。
と、妖精もぐったり倒れこむ。
「どうした?」
駆け寄り、支えてやる。
「チカラ。物語の……少し使った」
あまり話しかけるのもマズいと思い、そのまま介抱してやる。
負担にならないよう、まず待って、それからゆっくりと話しかける。
「どういうことだ?」
「少し、ほんの少し物語と仲良くなれる……」
「物語とは?」
「世界は物語でできている。もっと細かい、という人もいるけど……これは真実のひとつ」
「物語ってお話のことか?それが世界の構成要素だって?聞いたことがない」
「信じて……」
理解が追い付かなかった。できなかった。
世界の秘密は暗号なのか?
確か、歴史も物語だと聞き覚えに思い出した。
真実を語っているかに見える歴史書でさえも、ある視点が入り、ある考えが入ってしまう。
勝者が歴史をつくるとも聞いた。
ならば、本当はどこにあるというのか?
物語というのはウソの積み重ねか?
物語がわからない。
「物語は筋書きのない方向、指向、志向のいちいち。それだけでは力を持たない。観測者がいて初めてその姿を固める。自分はゲームのプレイヤーだと考えてみて」
託宣のように妖精は宣う。
大きなただひとつの物語はどこにもない。
でもそれだけでは不十分。
世界を説明し尽くしてはいない。
世界をよりよく知るためには段階に合わせた容れ物が必要。
今はこれが限界。
ぼんやりと輪郭がフワフワとしている。
モヤモヤだが、これで納得しろということなのだろう。
起き始めているものがいた。昇ってくる。
――邪小飛竜更皆極深眠――
妖精は苦しそうだ。
過ぎた力を行使しているのか。
支えてやるぐらいしかできない。
邪小飛竜たちは眠りにつく。
しかし、物語のチカラを使っているとしたら、無理に捻じ曲げているということか?
どこかで辻褄は合うのか?
――物語は弾性に富んでいるの。
かなり伸び縮みする洋服みたいに。
――でも急いで。この物語はそんなに優しくない。じきに目覚めてしまうわ。
考えているヒマなどないのだった。
全総力で死地を抜ける。
息を止めていたわけではないが、思いっきり吐き出す。
なあ、アンタもしかして命を……。
気丈にも笑顔で返すその姿に、問いかけるのをやめた。
近くの森の樹の樹冠を寝床とした。
28日目終わり。
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